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はぐれモノのホストは今日も夢を見る

朝の8時、インターネットの片隅にひっそりたたずむ待合室に、突然ホストクラブが設営された。

勤務やらアフター後と思われる現役ホストさんがふらりと登場したことで、場の空気が一変したのだけれど、これが実に興味深い話だった。

「はー、オレってマジなんなんだろう」

センサー検知式の自動ドアが開き、開口一番にそんなことを力なくボヤキながらくたびれた様子のYさんが現れる。

派手目の上下のスーツに、何度も手直しをした後が残る跳ねた髪型、なによりも目を引く端正な顔立ち。薄くメイクも入っている。そして、聞くものを心地よくさせる通った声色と、客を飽きさせないだろうテンポのよいトーク。独特のオレ様感が漂う、身振りと口調。生粋のドミナント。

それらによって、ご近所さん同士がのほほんと談笑していた待合室は、まるでレッドカーペットと間接照明に彩られたクラブへと装いを変えていった。


この待合室はもともと、「郷に入っては郷に従え」と「来るもの拒まず」という相反する理念のもと設営された避難所。

え、どっちだよ。と言いたくなるかもしれないが、たとえ「郷に従っていなかった」としても「来るものを拒んで」はいけない。つまりはどこまでも寛容な心に一任される、まさに多様性に富んだ環境。よって、事件や衝突もそれなりに起こりやすい環境となっている。というか今まさに起こっている。

Yさんはそれまでの会話の流れをすべてさえぎり、独白を続けた。

「どうしてオレは人を好きでもないのに好き好きいえるんだろう。本心だとンなこと微塵も思ってないのにな。自分なんなんだろ。まじで誰にも興味ねぇ。でも興味あるフリすんのはめっちゃ得意。それで女の子とはいくらでもエッチできるけど、むなしいわ。まじ人信用できない。」

取り留めのないようで、独特の悲壮感が漂っている。

だが、どうにも同情が難しい。言葉のとげとげしさが素直にヒアリングする力を奪ってくる、って要因もある。しかし、身も心もホストという仕事に心酔し、それ以外に生きる道を失っている感じが伝わってきて、どこか放っておけない。感情労働とはよくいったもので、華やかできらびやかなイメージが頭を覆いつくす繁華街の裏側で、彼らはつねに心がすり減らされていくのだろうか。

気になった私は尋ねてみる。

「いや、すり減っているというか、まじ周りの人間がいやになっていく。本指(※)がとれなくって、よくヘルプに回る側なんすけど、まじ道化だからね。嫌いとか好きとかじゃなくて、どうでもいいやつっていうか。ああなんか人間死ねって感じっすわ。ちょっとさ、みんな5分間だけ息とめてくんない?」

ほとんど原文ママで掲載しているが、だいぶ欲求が本能的になっていきているように思えた。聞くに堪えない人も間違いなくいただろう。

本指とは、一度接客されたコンパニオンを再度指名すること。 「裏を返す」や「リピート指名」とも言われるそうだ。

どうにも心がすり減っている感覚とは違うようだ。この話を聞くに、「誰かにとっての一番になれていない」ことが根幹にかかわっているような気がした。
しかし、そこは現役ホストであるYさん。軽快なトークにほだされて尻尾をなかなかつかませてくれないようである。

「いやいや、尻尾だすもなにも、店じゃこんな話しないっすよ?めっちゃ本音っす。まじオレにだけ振り向いてくれて、オレに尽くしてくれる可愛い女子がいいな。それだけでいい。あ、でも女捨ててる女はムリ。自分磨きしてないブスは論外なんで、そこは最低条件っすね。はー、そんな女の子どっかにいねぇかな~」


一応、一時的にホストクラブののれんをひっさげることになった待合室だけど、ここは公衆の面前でもある。歯に衣着せない言い草にその場にいた何人かは押し黙る他なかった。

傍から見れば立派なクズ男ではあるが、しかし、Yさんなりに歩いてきた道のりの中で発掘されていった真理というか本音なのかもしれない。

心がすり減る、というより、社会性のメッキがはがれて動物としての本能が露出しはじめている、って感覚。原始的な感情に対する憧れを感じているように思えた。

そこからもYさんの独白は続いた。

「はぁー、まじオレイケメンに生まれてよかったー。たくさん女の子抱けたー。お金も使いたい放題だわー。でもオレに本当の意味で尽くしてくれる女の子いねー。ねぇ、誰か紹介して。マジで。そういう子いたらオレすぐ駆けつけるから。マジで頼むわ。ってか、ここってこんな声かわいい人いたんだ。めっちゃいい声。びっくりしたわ。」

そうしてチクチク言葉をひとしきり吐くだけ吐いて、Yさんは突然、待合室から何も言わずに出ていった。(ちなみに可愛いのは私の声でなく別の女性に対して。ナンパである。うまくあしらわれてたけど。)

どうやらホストクラブで耳にタコができるほど発している「ありがとう」って言葉も、待合室を去るその瞬間だったり、日常の中で使われることはなくなってしまったらしい。

いや、きっと「声に出してしまう」ことでそれすらも嘘になってしまうことが怖くて、ホストではない「素のYさん」自身がそれを安易に用いることを避けたのかもしれない。

どちらにせよ、もう低刺激な日常に戻ることはできないのだろう。
軽快なトークとモテるテクニック、夜の街の楽しさや厳しさ、そして実情を知りながら熟達したYさんは、経済的に恵まれた環境は手に入れている。
人タラシたりえるスキルを身に着け、世渡りには困らないだろうと想像もつく。

だが、まるで動物還りをしているような思考の一端を垣間見てしまい、彼もまた被害者なのではないかな、なんてことも考えた。

彼らは夢を見ている。

貨幣経済において、感情も、情報も、心の隙間も、セックスにだって、価値がつく。「価値」が視覚化されてしまう。そして昼の仕事と比べれば桁数が1つ、ないしは2つ、または以上も違う夜の世界での出来事なのだ。

その幻想を見たら、並大抵の人は「これが世の理なんだ」と錯覚してもおかしくはない。
知識やトーク、自分の身体がお金に変換され、変換されたお金は自分の「夢」をかなえるために、これまた「お金」で取り扱われているモノや情報に注ぎ込まれる。そうして経済をまわすことがこの世の真実になり、それ以外の思考は一切合切が無駄で非合理的だ、となってもおかしくはない。


「夢を売る仕事っす」

と言い残したYさんもまた、夢の中で戯れているのだろうか。



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