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共感してはいけないお話を書く。

世は大共感時代。

ありったけの夢(インプレッション)をかき集め、人々をSNSの海へ駆り立てる。
かつてのTwitterでぶいぶい言わせていた元ゴールド・ロジャーCEOもすっかりイーロン・マスクにとって代わられ、プラットフォーム補完計画の礎となりつつあるXにちょっとした落胆を浮かべながらも、今日も今日とて探し物(ネタ)を探しにいく麦わら一味の物語。ゆわなびいあフレンド。

プラットフォーム補完計画:ポストだけにとどまらず音声ライブとかあらゆるSNSプラットフォームの機能を全部Xで実現させる。人類補完計画に次ぐネルフ発案の新計画。
「Xに乗れ、でなければ帰れ」を地でゆく碇ゲンドウばりのストロングスタイル。

またシンエヴァ観たいな。


共感できる特性を持つ人ほど、社会の中で柔軟に生きていける。
その人自身が共感される存在であってもいいし、生きとし生けるもの全員友達メンタリティで生きる陽キャ気質を備えていてもいい。
根が陰キャだったとしても「引っ込み思案」のデバフステータスさえ持って生まれなければ、社会の荒波にオール一つで漕ぎ出すことができる。

「陰キャ」をひとくくりにすると勘違いが起こる。
不遇な陰キャもいる。
というか初期ステータスによっては陰キャのヒエラルキーに属することすらできない場合がある。
内向的陰キャも外交的陰キャもすべて一緒くたにされるから悲劇が起きる。

そういう意味では私は「無」。
どこのコミュニティにも所属できない。触れられない。宇宙を構成する「
ダークマター」の一種みたいなもの。いるのかいないのかもよくわかんない。シュレディンガーの猫暮てねこである。

タイトルに書いた通り、これは「共感してはいけない」お話です。

もしも「あ~わかるよ!」「俺もそんな時期あったな~」「私もあのときつらかったな~」などと安易に共感してしまった場合、あなたは私と同じダークマターである可能性が浮上してしまいます。暗黒物質です。大共感時代においてそんなダークマターに興味を持つのは宇宙学者くらいです。つまりは孤独です。孤独ですが、宇宙を探求し続ける人からは寵愛を受けれます。しかし人間はダークマターではないので、唯一無二だった宇宙学者からは見向きもされません。やっぱり孤独です。

ダークマター同士で慰めあう他ありませんが、輪郭がボヤっとしているダークマターたちは共感すると、たちまち一体化してしまいます。にゅっとでっかい黒になります。つまり共感するとダークマターの個体数が減ります。なので共感してはいけません。ちゃんとお互いがダークマターとして存続できる未来に向けて活動しましょう。ビールとか枝豆とか食べましょう。「とりあえず生で」と開口一番に発生しましょう。ダークマターに小麦色がつきます。小麦マターになります。
または「え~と、じゃあ私はカシスオレンジで」と、うやうやしく発言しましょう。濃い紫色がつきます。濃厚紫マターの完成です。そうしてくっきりした色がついていたほうが、他の色と混ざり合わなくて済みます。ダークのままだと、重なった瞬間に差がなくなってしまいます。ほかの色も全部吸収してしまいます。後に何も残らなくなります。これでは共感もあったものじゃなくなります。

ダークマターって言いすぎてそろそろゲシュタルト崩壊してきた頃なので、いい加減本題に入っていきましょう。

実は、私の友人に「レインボーマター」がいるのです。
七色の個性です。大共感時代のモンキー・D・ルフィーの名をほしいままにしています。容姿端麗、文武両道。MBTI診断では「主人公」声も愛くるしいほどに可愛いです。
さらに心も清らか。「たとえ私を嫌いな人がいたとしても、その人の不幸を願う理由にはならない。」ってジャンプヒロインだったら人気投票で1位を博してもおかしくない名言をナチュラルに残すタイプです。
さらに驚くほど器用。ありとあらゆる国家資格に最短で合格し続け、20代にしてすでにどんな職にもつけるポテンシャルを秘めています。
あと超外交的です。友達がたぶん300人くらいいます。しかも年齢層も下は一桁台から上は還暦越えまで、東京ドーム全域くらいのストライクゾーンを誇っています。本人は「友達は少ないよ。私はその人の友達で居させてもらってるだけ」と手を合わせて祈りをささげる謙虚な聖職者の姿を見せます。
そうです。多分シスターもいけます。きっと彼女が働く教会には連日ファンという名の狂信者でごった返します。
とりあえず私は教会の警備員を志願して、ファンを語る不届きものたちをちぎっては投げちぎっては投げて彼女を守ります。少なくとも懺悔室には入らせません。仕切りがあるとはいえ、密室です。ダメです。私が認めません。懺悔室に入りたければこのダークマターを倒していきなさい。

と、こんな感じで語れるほどのレインボーマターさんは「陽キャ勝ち組」です。

彼女と話すたびに、私の心に影が落ちます。嫉妬心が2周くらい回ってやっぱり嫉妬心になります。しかし嫉妬してもしょうがないと諦めがつくほどにどうしようもなく人生の勝利者です。なぜそんなレインボーマターと私ことダークマターが接触できているか不思議でなりません。ひとえに彼女が主人公であるからコミュニケーションが成り立っているのでしょう。レインボーマターはすべてを取り込みます。社会のアンタッチャブルと名高い私すら、ダイソンもびっくりな吸引力でたちまち虹に加えられてしまう。

「○○行ったことある?すごかったよ~。猫暮も経験したほうがいいよ~!」

一見すると40代パワハラ上司が日常的に発言してそうなセリフ。
先ほどの彼女ことレインボーマターさんになったつもりで発言してみてください。20代のうら若き乙女です。人懐っこさと純粋さを秘めています。人を嫌うことができません。どんな人とでも仲良くすることができます。あと声も可愛いです。

どうでしょうか。私はレインボーマターさんからの強力な波動をじかで浴びながら発言を聞いているのでわかるのですが、嫌味ゼロです。ストレスフリー。ノンアルコールビール。そのくせのど越しはいっちょ前で、心にしみわたる。癖がない大吟醸。レインボーマターさんの言葉それが世界の真実。もう彼女の在籍する船にさえ乗っていれば安心。この大共感時代でも富と名声を片手に生きていける。ノアの箱舟。

それほど彼女の言霊は破壊力を秘めています。
だけど私は孤独な宇宙のダークマター。いとも簡単に信じているようでは暗黒物質の名折れです。
私はというと、超内向的で、基本的に出不精。生きることにホンキになれず、他愛ない日々に現を抜かす社会不適合者。
肝心なことは、生まれ持ったバッドステータスがあまりに多い。特にメンタル系の機関が機能不全を起こしています。

彼女の「すべての物事に意味を見出して、すべて自分の血肉に変えていくスタイル」を正の純粋さとするならば、私の「すべての物事が自分を否定するための材料と考え、今日も枕を濡らすしょぼしょぼスタイル」は負の純粋さと言えるかもしれない。

レインボーマターさんはどんどんと自分を磨いて先に進み続けます。決しておごらず、それでいて清らかなままで生きているのはすさまじい才能です。天性の人たらしでもあるので、周りもすべて味方につけます。私もまんまと味方になっています。人は彼女のことを純粋と呼びます。正の純粋さと言えるかもしれません。でも、私もまた純粋です。彼女と違って負の純粋さですが。

純粋って難しい概念です。ありのままに受け入れてありのままに振舞う天真爛漫さが純粋を意味するなら、両者が同じ純粋である説明がつかない。彼女は「純粋」に世間を生きれるけど、私は「純粋」に世間で生きれない。

その違いは「社会の構造をありのままに受け入れるため、不要なものを排除する」思考があるからだと思ってしまう。
たとえば、日常の中で悲しい出来事が起こる。悲しむのは二人とも同じ。「今日の連載で~、エースが、エースがしんじゃってぇ…!」とジャンプ片手に回し読みしながら紙面が涙でにじんだとしても、きっと彼女は友人たちと悲しみを共有する。熱意を伝搬させて大共感時代をしたたかに生きる姿はまさにゴーイングメリー号の船長たる風格。

一方、私はひきこもる。マジもぅ無理…1巻から読みナオソ、と部屋の暗がりの一部となってしくしく泣きつづけるダークマター号。
ごめんなさい。こんな例えをしているがワンピースは空島編までしか読んでいません。「お前船降りろ」ってルフィから凄まれたら船降ります。資格ないです。ウソップすら目を伏せるレベルの根性なしです。

私の場合、悲しみは力に変わらないです。より深い悲しみへといざなわれるだけで、その感情を無視することができません。マインドセットの問題かもしれない。でも自力ではもうどうにもならない。おそらく「洗脳」をしてもらわないと私は社会で生きていけないのだけれど、今まで洗脳が成功した試しはなく、悪魔の身を食べて海にダイブしたがごとく行動不能に陥ってきました。
無視できる力がない。私は一日に最低一回は涙を流します。あ、これは抑うつ傾向だとか統合失調症というわけではなく、ルーティンの一貫です。
感動の涙。後悔の涙。不安の涙。孤独の涙。勝利の涙。
いろんな涙を、かならず流す。おかげで私の目じりはくすんでいるし、涙腺はガバチョです。電車とか道とかでも平気で泣けてしまうから、たまにギョッとされます。小さな刺激で最大限の効用をもたらします。靴紐がほどけたらもうジワッと来ます。
でもそれが私にとっての普通で日常。まぁ、仕事は限られますよね。ちなみに泣くのを我慢したら壊れます。一日一回の涙が長編映画くらいの尺になってきたら危険信号。そこで病院に行けば社会不安症とかうつ病とかの診断書を書いてもらえるので、晴れて仕事をやめられます。相変わらず泣き続けることには変わらないから難儀なものです。

逆に言えば、年を重ねるごとに感性が研ぎ澄まされているとも言えます。涙の種類は日に日に増えます。深みも増します。涙って200色あんねん。ダークマターが流す涙がレインボーになっている。
しかしどうやら世間では美しい涙以外は疎まれています。道いく人がボロボロ泣いていたら。電車内で号泣していたら。同情よりも先に「未知との遭遇」みたいな気分になるでしょう。私は孤独なクライングモンスター。今日も今日とて、誰かの手をふり払って生きている。

「みんなで笑いあえる、そんな世界がいいなぁ」

ってレインボーマターさんが言う。レインボーマターさんの前ではダークマターは極力ださない。だって彼女が正しくて私が間違っているから。人の話に耳を傾けるって、つまりは自分の価値観を隅に追いやっておくこと。耳を開けておくこと。少なくとも話を聞いている間は、自分の考えはなしにする。無知のヴェールに包んでおくフリをする。そうしないと、彼女の話を全て否定できてしまうから。

みんなで笑いあう中、私はひとり泣いている。
泣いているけれど、別に悲しいわけじゃない。それが私にとっての普通だし、日常だ。もちろん私も無機質なクライングマシーンじゃないから、笑うこともたくさんある。笑うことは多い。でも泣くことのほうが多いってだけ。しかし、泣くのが好きだと、世間ではうまく生きていけない。
だから不要な感情はポイしたほうがいいのだろうけど、なんだか人間をやめていくようではばかれる。それに、意識したって減らせることでもない。泣いているときは心がシンとするし、止めようと思ってもあふれ出るもの。

ああ、やっぱり世間はこの子のような純粋さを求めているんだなって。私のような人間は、ノイズになってしまうんだろうな。ってことを考える。それでまた「泣けてきちゃう」から笑えてくる。笑えて来るけど、また泣けてくる。無限ループ。笑いと涙は交互にやってくる。

涙はデトックスともいう。悪いものを体から出すそうだ。だとしたら、私の体にはどれだけの不純物がたまっているのだろう?ただ生きてるだけでこうなのだ。やはりレインボーマターさんとは違いすぎる。社会の「正解」を辿り続ける彼女の姿をみていると、まっくろくろすけみたいな私の姿が浮き彫りになる。いっそのことメイちゃんに「パンッ」て潰してもらいたい気分。根本から絶ってもらったほうがいくらか楽だなぁとは思う。

デトックス。社会から私をデトックス。


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