【短編小説】天の川に捨てられていた社長令嬢を保護したらめちゃくちゃふてぶてしく育った結果www

『ハイどーもー、「宇宙アイドル・ホシヒコの☆アソVIVA☆」チャンネルのホシヒコです! 今日はたまたまここ天の川で「天の川に向かって立ちションしてみたらまさかの氾濫でクソワロタwwwwwww」っていう企画をやろう思っていたんですけど、何とここ天の川のほとりで捨て子を見つけてしまってですね、放っておくわけにはいかなかったんで僕が保護することにしました。……ホラ挨拶して!』
『こ、こんにちは……。オリキ、って、言います。よろしくお願いします……』
『オリキちゃんはですねー、何と、ご両親に捨てられちゃったみたいなんですねー。可哀想に! ホラ、最近問題になってるみたいじゃないですかー、無人惑星に無責任な親が育てることのできない子供を置いていくスペースチルドレン問題ってやつ! ほんっと許せないですよねー。……でですね、ホシヒコ一大決心しました! ホシヒコ、何とオリキのパパになっちゃいます! ……いやー、これはホントに凄い決断だと自分でも思っちゃってます。もちろん今の僕の収入ではこの子を養うことはできないので、アレをやっちゃおうと思います。ブラックホールファンディング! この子の養育費を援助してくださるという方はこちらのURLをクリックしてーー』





「ヒィイ! ほんっと信じらんねーんだけど! 俺めっちゃ良いことしたなーって思ってたのにまさかの大炎上じゃん! 何だよー、もう俺何も信じらんないよー!」
「当たり前でしょ。あの動画、どの角度から切り取ってもただの児童誘拐にしか見えないもの」
「お前ほんっとふてぶてしく育ったよなー! あの日の可愛かったオリキちゃんに帰ってきてもらうことはできないものかねー」
「SNSを見た限りだとホシヒコの個人情報はとっくに出回っているみたいだし、ロリコン犯罪者の汚名を一生被ったまま残りの人生を終えていくんでしょうね、ご愁傷様」
「視聴者の皆さん全然違いますからね!? とんでもない誤解されてるようですけど、こんな乳臭いクソガキを俺が相手にするわけないですから! ……それに、こうやって良くも悪くも注目されるのは何も悪いことばかりじゃない。このコンテンツ過多の時代において、まず知られることから始めないとスタートラインにすら立てやしないんだって」
「……まっ、ホシヒコが炎上すればするほど私のSNSのフォロワーがグングン伸びているのは事実だから一概に否定するわけにはいかないか……。あ、追っ手が来てるわよ」

 オリキの言葉通り、二人を乗せたオンボロ宇宙船の後方に、明らかにカタギでは無さそうな黒塗りの宇宙船が幅寄せをしようとする光景がホシヒコの視界に入ってくる。

「あーもう終わった。破滅だ! やだよー、俺ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わされたくねぇよー! 宇宙ヤクザ怖いよー!」
「だからそれを見越して私たちの日常生活の全てをこうやって全銀河に公開生配信してるんでしょーが。全くプライバシーも何もありはしないけど、リアルタイムで配信中なら宇宙ヤクザもそこまで露骨に私たちに手を出すことはできないだろうって言い出したのはホシヒコでしょ? ……それでホシヒコ、次の一手は決まったの?」

 オリキが着陸に備えてカメラの電源を切ると、ブランド物のリュックを漁りながら一段落ち着いた声色でホシヒコに話しかける。

「……ああ、遂に到着したぜ。下を見てみろよ、アレが俺たち人類の母なる大地、地球だ」

 オリキがホシヒコに言われた通り宇宙船の窓から下方を覗くと、濁り切った灰色の海が特徴的な惑星、地球が眼前に広がっていた。





 いつからだろう。地球に酸性雨が降り続け、止まなくなってしまったのは。
 人類が地球を捨ててテラフォーミングに成功してから数世紀が経過し、地球生まれの人類はついにこの世に1人もいなくなってしまった。よほどの物好きでなければこうやって地球を一目見ようとする者すらいなくなってしまったのだが、潮目が変わり始めたのはつい最近のことであった。

 地球歴約46億2000年代頃の日本と呼ばれていた小さな島国のアニメ作品が、銀河内で一大ムーブメントを巻き起こしたのである。

 そのため軒並み高騰してしまった失われた地球のアニメ文化のアーカイブやグッズなどの遺産を発掘しようと各惑星の腕利きやトレジャーハンターたちはこぞって地球へと出稼ぎに来ているのだが、地球を蝕み続けているその酸性雨を生身で浴びてしまうと当然ひとたまりもないことは誰の目にも明らかである。
 そして、その酸性雨を防ぐために使用を義務付けられているのがオリキが先ほどリュックから取り出した「傘」である。もちろん傘とは言ってもこれは雨や日差しを避けるためといった旧時代的な用途を目的としたものではない。

「それじゃ、お先に失礼するわね」

 オリキはホシヒコが宇宙船を空中駐船場に停めるのを確認するとエレクトリック・ロード社の手掛ける『NEW BRELLAシリーズ』の最新モデルを取り出し、ホシヒコに石突きが当たる勢いで広げて宇宙船から飛び降りて行く。

「……やれやれ。あの箱入り娘がよくもまぁふてぶてしく育ったもんだ」

 酸性雨を防ぐだけではなく、空中飛行や簡単な宇宙遊泳すらも可能となった傘の進化系とも言える『ブレラ』は、地球だけではなく危険レベルの高い星へ宇宙旅行をする際には欠かせない。とはいえ、ホシヒコにとっては決して手頃とは言えない価格で販売されているのもまた事実である。

 ホシヒコは粘りに粘ってネットオークションで破格の値段で競り落とした三世代前のブレラを恐る恐る開くと、オリキの後を追って宇宙船から飛び降りた。





 酸性雨とは、その名の通り酸性物質を含んだ雨のことである。
 降り続けた酸性雨は水中の生態系を破壊し、長期間に渡って降り続けることで地表の水や土の性質すらも変えてしまい、遂に地球から自然というものは消滅してしまった。

 長年の研究に渡って酸性雨の影響を受けない材質が開発されたもののもはや自然のなくなった地球に出戻るほどの価値はなく、一部の物好きのみが移住して棲んでいる限界惑星の1つとして指定されている。

「ココが、秋葉原……!」

 そんな地球の中に存在する日本と呼ばれていたらしい島国の、更にその中央に位置する東京という名前の地域に存在する場所の一つ、『秋葉原』。
 ベッドタウンと化してしまったこの場所に到着した瞬間、なぜか唐突にオリキのテンションがブチ上がった。

「……何でお前そんなにテンション高くなってんの?」
「知らないの!? 秋葉原といえば地球における最も有名なオタクの聖地だよ! 私の好きな漫画やアニメ作品に名前だけじゃなくて舞台としてもすっごく頻繁に出てくるから一生に一度で良いから来てみたかったんだよね〜」
「さいでっか……。それよりオリキ、セルフィーセルフィー」
「あっそだそだ忘れてた。……ハイどーもー、『オリキとホシヒコの天の川チャンネル』のオリキでーす! 今回私たちは何と、地球は日本、日本は東京に存在するあの秋葉原に来ておりま〜す!」

 ホシヒコのボロアパートに居候を始めてから動画配信サイトに入り浸り、完全に配信者としての才能が開花してしまったオリキの軽快なトークを遠目で眺めながらホシヒコはオリキにカンペで進む方向を指し示す。
 完全にチャンネルのフロントマンをオリキに奪われ、もはや演者ながらもやたら前に出てくるスタッフくらいの存在感になってしまったホシヒコは、自らの出演時間が減る度に増えていく登録者数を複雑な感情で眺めていた。

「うわマジ!? メイトだメイト! ……まあこんな秋葉原のド真ん中にあるメイトだと店内はとっくにハンターたちに荒らされてロクな商品は残ってないとは思うけどまあせっかくなので行ってみましょー」

 オリキがメイトと呼ぶ謎の青い店へと駆け出して行くのをホシヒコは東京都千代田区のマップを確認しながらゆっくりと着いて行く。

「わー! 『魔ケシ』の原本あるじゃん! ヤバッ! 皆さん知ってます? 『魔法文具 消しゴム☆けっしー』! 今度実写映画化されるらしいんですけどその原作漫画なのだよ! ……価値のありそうなグッズはあらかた持ってかれてるだろうけど、こういうの眺めてるだけで私は満足できちゃうな〜。こういうタンコウボン? ってやつは生産部数が多いからあんまり値段は高騰していないらしいけど、ドウジンシ? ってやつはやたらと生産部数が少なくて希少価値が高いんだって。何でなんだろうね?」
「ーーオマエが、オリキ?」

 目を輝かせながら店内を実況していたオリキの背後から、毛むくじゃらの大男が顔を覗かせる。
 オリキは無意識のうちにブレラの柄に手を伸ばしていた。ホシヒコは腰が抜けたのか普通に失禁している。

「ミカド様からの命令ダ。お前を連れて行けば多額の報奨金が出ると聞いていル。一緒に来てもらうゾ」

 ーー獣人類。それは地球から脱出した人類が最初にぶつかることとなった初めての異星人である。
 過酷な環境を生き延びてきた彼らは腕っぷしが強く、身体能力が人類よりも高いがその反面知能が人類よりも低い。そのためこの男のように人類に悪質な詐欺にかけられて奴隷のように使役されている者も多く、社会問題として挙げられることも少なくない。

「ーー待て。ソイツの保護者は俺だ。彼女に用があるならまず俺がヘブしッ」

 とはいえ、圧倒的な力はそれだけで他の全てを凌駕する。使役していた人類を殺害してしまうといった事例も少なくない。ホシヒコは獣人類の払った腕に吹き飛ばされ、店外へと放り出されてしまった。

「相変わらず弱っちいなー、ホシヒコは。……おっ、でもコメント欄を見る限りだと意外とホシヒコの勇気を讃えるものが多い感じですねー。まあ悪いやつじゃないんで人格を否定するような悪質なコメントは今後控えてくれると私も嬉しいかな。……そんじゃ、ここからは大人同士の話し合いがあるからいったん配信は一旦終了しまーす。チャンネル登録と高評価、それと各種SNSのフォローを……。ってちょっと、まだ挨拶の途中なんだけど何やってくれてんの?」

 オリキが配信を締めるのを待たずしてオリキの首根っこを掴もうとした獣人類の腕をオリキが蹴り上げたと同時に獣人類の身体を駆け上がって行く映像が流れた瞬間、配信は突如終了した。





「あークソ。めっちゃいてー。……ってかオリキが大暴れした瞬間の映像、SNSでとんでもないバズり方してんじゃん。このカードを切るの、もうちょい後の展開を考えてたけどまぁ結果オーライは結果オーライか。多分コレで俺はともかくオリキの知名度が天井叩いたっぽいし。予想通り俺の好感度も回復傾向にあるみたいだし、上々上々。……ったく表面でしか物事を判断できない連中のための消化活動ほど面倒くさい作業もねーわな」

 オリキが獣人類のオッサンたちを相手に大立ち回りしている光景を録画するための定点カメラを設置すると、ホシヒコは秋葉原を勢いよく南下して行く。
 しばらくホシヒコが走っていると、やがて廃墟と化したこの地球にはあまりにも不釣り合いな近未来的な装飾が施された建造物、『創造省・地球支部局』が見えてきた。

「幾ら創造省とはいえこんな辺境の星に建てるにしては気合入りすぎじゃねーの? 妙なところで見栄を張るから支持率上がんねーんだよアンタら」

 ホシヒコはオリキのIDカードを入り口に翳すと、すんなりと開いたセキュリティに口の端を吊り上げる。

「そんじゃーまぁ、親権争いと参りますかねぇ。ホシヒコパパ頑張っちゃいますよーっと」

 ホシヒコはブレラを畳むと、傘袋に仕舞いながら創造省の内部へと侵入を開始した。





「……オリキお嬢さマ。ジンルイの、それもお嬢さマのようなハコイりムスめがワたシたちジュウジンルイに敵うワケがありませン」

 獣人類の力任せな攻撃が虚しくも空を切る。オリキはブレラの柄を操作して、戦闘モードに変形させると、トッ。と獣人類の死角へと一気に潜り込んだ。

「アンタたちの勝手な決め付けで判断しないで。基本的にお嬢様っていうのは金に物を言わせて各分野における最高レベルの教育を受けているんだから基礎的な知識・技術レベルはカンストしているのが当たり前なの。それを大きく下回った一部の落ちこぼれがメディアに晒されて叩かれているだけで、そこんところを勘違いしている愚民が多いこと多いこと」

 一般的に流通されているブレラは勿論こういった戦闘を予定されいるものではない。しかしオリキの用いているエレクトリック・ロード社の『NEW BRELLAシリーズ』は追加料金を支払えば武器としての利用を目的とした特別仕様で注文することが可能となっている。

 オリキは獣人類の背中を駆け上がり、ブレラのハンドル部分をその首元に引っ掛ける。しかし獣人類はオリキが突然視界から消えたことに驚いたのか、崩れ落ちて店内の装飾品を破壊し、オリキと供に店外へゴロゴロと転がって行く。

「もー。片手が塞がっちゃうから室内で仕留めちゃいたかったけど、どうやらそういうわけにはいかないみたいね」

 仲間のピンチを察して集まってきた獣人類たちを相手取りながらオリキはブレラに仕込んでいた特注のレイピアをスルスルと取り出し、左手にブレラを持ち換えることで酸性雨を回避し、右手のレイピアによって襲いかかって来る獣人類たちを次々と撃破していく。

「どうやら計画も順調みたいだし、私もそろそろ向かわないとね。ホシヒコ、何かドヤ顔でこっちを見てたけど弱っちいのは本当に弱っちいんだし」

 オリキがレイピアを持つ右手に力を込めた瞬間、突然のスコールがオリキの頭上へと降りかかった。





 意外にもスルスルと創造省の内部へと侵入することに成功したホシヒコは、エレベーターに乗り込んで目的の場所である創造大臣室へと向かう。
 勢いよく扉を開けると、そこでは創造大臣とエレクトリック・ロード社の社長、ソラ・ミカドが秘密の会談を行っていた。

 予期せぬ来訪者に血相を変えて近付いてくる黒服の男たちをソラが制止し、ホシヒコに向かって表情を明るくも、暗くもしないまま問いかける。

「……久しぶりだね、ホシヒコ君。君が娘と供にインフルエンサーになったと聞いた時は思わず舌を巻いたが、元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです、ミカド社長。娘さん、超有名人になっちゃいましたね。SNSではエレクトリック・ロード社のゴリ押しだ、なんて騒がれていますが消費者をナメすぎですよね。内容の伴っていないものを幾ら数字で虚飾してゴリ押したってすぐにボロが出てしまう。だってそんな作品、誰の心にも響くわけがないんです。だから誰の心にも残らずいつの間にか忘れられてしまう。ーー俺とオリキは全てを投げ打って出た勝負に勝った、ただそれだけのことなんですから」
「ほう……。アレだけ工作活動を嫌っていたキミがそんなことを言うようになるとは、大人になったものだね」
「……まっ、ゴリ押しったってそいつがゴリ押す側にハマらないと何も始まらないですからね。枕営業と言えどその人自身に魅力がないとチャンスは巡って来ない。そしていつまでもそのゴリ押す側の人間が地位を保っていられる保証はどこにもない」
「ーーじゃ、じゃあ君はこの場所に一体何をしに来たと言うのかね!」

 黙って様子を伺っていた創造大臣が堪えきれず立ち上がって物凄い剣幕でホシヒコに向かって声を荒げる。

「ーー問題は、原作者に対するリスペクトのないメディアミックスです。それがたとえ、原作者が亡くなっていようが関係ありません。私利私欲のために作者の魂の込もった作品を踏み躙るような行為は絶対にしてはならない」

 ホシヒコは、創造大臣室のモニターに映し出されていた『魔法文具 消しゴム☆けっしー』こと『魔ケシ』の実写映画化についての企画書を指でなぞり、呟いた。

「この物語の主人公である夢野芥子子(ゆめのけしこ)は人類の女性キャラクターであるにも関わらず、キャスティングされていたのは人類ではなく、獣人類。この作品が発表されたのはまだ人類が地球外生命体に出会う前だというのに、おかしな話だ。……もちろん、獣人類が主役を張ることがおかしいと言っているわけじゃないんです。政治的な思想を創作物に代弁させるなと言っているんです。……名作は人の心に残り続けます。それは時として執念にもなって人の心を突き動かすのです。ファンは怒っていますよ。何せ、エレクトリック・ロード社を失脚した俺を頼って天の川にまで尋ねてくるくらい、彼女は怒っている」

 ホシヒコがそう呟いた瞬間、遠方から恐らくオリキのものと思われる破戒的な衝撃音が鳴り響いた。





「……っげー。ウシオ先生じゃん。せっかく暇をあげたっていうのにわざわざ地球なんかに旅行に来るなんて物好きだねー。リゾート星にでも行けばいいのにさ」

 突然のスコールと共に現れたウシオ、と呼ばれる人類とウシ科の獣人類のハーフの男の姿を捉えた瞬間、軽口とは裏腹にオリキの顔が一段と強張った。

「……オリキお嬢様。少々お言葉遣いがお乱れにおいででは?」
「私分かったの。貴族は要らない形式ばったものはドンドン捨てていくべきなの。不要な挨拶や気遣いをギュッとしたらざっと10年は無駄にしている計算になると思うの」
「……クソッ。やはりあの男の影響か。朱に交われば赤くなる、少々仕置きが必要のようですねオリキお嬢様」
「ーーウシオ先生こそ、少々お言葉遣いがお乱れにおいで……ですわよッ!」

 次の瞬間、オリキの持つレイピアは朱く、そしてウシオの持つサーベルは蒼く光り輝き始めた。

「傘術(サンジュツ)の訓練、サボってはいなかったようですね」
「ホシヒコのグータラっぷりを見て揺らぎそうになることはあったけど、まっ身体を動かすのは嫌いじゃないからね。自主トレを欠かすことはなかったよ」
「……あんな男のどこに惹かれたのか。エレクトリック・ロード社の元次期社長候補の一人とはいえ、失脚した今では何の価値も無い男だ」
「ホシヒコは未来が視えるからね。弱っちいのは多目に見てあげているだけだよ。それも、今のうちだけだけどね」

 ブレラは用途に応じて様々な形状のものが存在する他、傘術を極めると形状に応じた能力を発揮することが可能となる。
 例えばオリキの持つ『火傘(ヒガサ)』を極めると火属性、ウシオの持つ『雨傘(アメガサ)』を極めると水属性の能力を使うことが可能になるという具合である。
 達人同士が合見えばその発揮するオーラの量で実力のほどが分かると言い、火傘と雨傘はとくにメジャーな形状であるものの、それ故に極めるには相応の年月を必要とする。

「そんじゃーまあ、無理やりにでも休暇をあげるよ、ウシオ先生」
「残念ですが、屋敷へと戻りましょうオリキお嬢様。まだまだ教えることが山ほど残っていますからね」

 ビデオカメラでは捉えることのできないスピードで重なり合うオリキとウシオのブレラの交差によって生じた爆発的な金属音が周囲へと轟いた。





「……さっきから何を歯の浮くようなセリフをツラツラと。いいか、地球に遺された創作物は我々人類における重要な資源なのだ。ちょっと獣人類のタレントを使って実写化してやるだけで信じられないような収益が転がり込んでくる、尽きることの無い金の生る木なんだ。これを上手く利用しない手はないだろう。……おいお前ら、何をやってる。アレを持って来い!」

 創造大臣の言葉に側近の黒服が厳重に仕舞われていた鞄から一本のブレラを取り出す。それはゴツゴツとした金属と、見た者を吸い込んでしまうような漆黒の色が特徴的なブレラであった。

「……違法改造ブレラか」
「ーーほう、違法改造ブレラを知っているか。だったらその意味が分かるな? お前はもう終わりだということだ」

『違法改造ブレラ』。通常のブレラでは有り得ない能力を、傘術の鍛錬無しに発揮することのできる文字通りのチートアイテムである。ホシヒコは記憶に存在するブレラのアーカイブを辿って創造大臣の持つブレラの特殊能力を検索していく。


「ーー『蝙蝠傘(コウモリガサ)』。特殊能力は確か、『高速移動』」


 ホシヒコは目の前から創造大臣が消えるギリギリの瞬間に、傘袋から先ほどまで使用していたブレラを探り出す。

「そんな旧式のブレラで、私の蝙蝠傘を捉えられるわけがーー」

 ホシヒコの視界を蝙蝠傘が覆うその瞬間、ホシヒコのブレラが文字通り『増殖』した。

「な、何だこのブレラはーー」
「……俺、昔から目が良いんですよ、創造大臣。俺が見込んだ人間は漏れなく出世していくし、手に入れた物は軒並みプレ値が付いていく。だから、オークションに出回っている無数のブレラの中からこうやって違法改造ブレラを見分けることだって容易なんです。……ちなみにコレ、『ビニール傘』って言って地球では最も廉価なブレラとして有名なものだったらしいですよ」

 ホシヒコの持つビニール傘は無限に増殖していき、即座に創造大臣室を埋め尽くしていく。創造大臣と黒服の男たちをビニールの海に沈め、この場所に残るはホシヒコとソラ・ミカドの二人だけとなる。

「ーーあるんでしょ? 違法改造ブレラ。持っていないわけがない。一々「な、何だこのブレラはーー」とか言ってリアクションを取るの面倒なのでさっさと出してくださいよ」
「……やれやれ、一世一代の僕の見せ場をむざむざと潰すなんてアニオタの風上にも置けないんじゃないんじゃないかな?」
「飽き飽きなんですよ、そんなベタな展開。エレクトリック・ロード社の社長であるあなたが持っていないなんてそれこそ有り得ない話だ」

 エレクトリック・ロード社は自社ブランドである『NEW BRELLAシリーズ』の製造から販売、配達まで手掛けている一大企業グループ、いわゆる財閥である。そのトップの人間が生半可なブレラを所有しているわけがない。

 大方の予想通りソラは手にしていた杖を分解し、中から鉄製のブレラをスルスルと取り出した。

「コレは現在我がエレクトリック・ロード社が秘密裏に開発している違法改造ブレラ、『鉄傘(テッサン)』という。コレを使えばどうなるか分からないが、君で試させてくれるね?」
「……嫌ですよ。そもそも俺、クソ雑魚だし。それに、そのブレラがどんな能力を宿しているのかは知りませんが、もう勝負は付いてますからね」
「ーーそれは、一体どういうことだね?」
「言ったはずですよ。俺は目が良いんだって。この勝負、オリキが俺に付いた時点で勝ちなんですよ。逆親バカってやつなんですかね。いつまでも娘が可愛くてしょうがないのは分かりますが、お宅の娘さん、率直に言わせてもらうと化け物ですよ。もしかしたら宇宙最強かも」

 ホシヒコがそう零した瞬間、創造大臣室の強化ガラスが割れて吹き飛び、そこからウシオの首根っこを掴んで現れたオリキがソラの持つ鉄傘を火傘の一振りによって粉砕した。

「圧倒的な力はそれだけで他の全てを凌駕する。結局、幾ら小細工を働こうが圧倒的な強さの前には平伏す以外の行動はできないんですよ」

 モニターを視認したオリキはズカズカとソラの前へと歩いて行く。


「ーーパパ。『魔ケシ』の実写映画化、中止にしてくれるわね?」


 そして、実の父親を脅迫したのだった。

「……確かにアニメブームが訪れたのはつい最近の話ですが、細々とその文化は現在に受け継がれていました。ブームが突然やって来るわけがないのは社長が一番分かっているはずです。いつだって権力にしがみ付く大人が蓋をするコンテンツに若い才能が立ち上がる時、革命が生まれるんです。彼らの努力を無駄にしてはいけない。世の中には昔オタクをバカにしていて、今やその業界で飯を食い、あまつさえ彼らを再び出汁にしようとしている連中が腐るほどいる。オリキは、彼らと戦うために俺の下へとやって来たんです」
「……分かった。このプロジェクトは白紙に戻そう。……何、フラフラと遊んでいるだけの様子だったのならば無理やりにでも連れ戻すつもりだったが、どうやらそうではないみたいだからな」

 そう言ってソラはゴソゴソとスーツの中を探り当てる。そして一本のブレラらしきものが視界に入った瞬間、オリキとホシヒコはブレラを手に取り神経を張り巡らせた。

「……何、コレはただの折り畳み傘さ。鉄傘が折れた今、雨を凌ぐブレラがないと困るだろう?」
「絶対嘘だね」「絶対嘘じゃん」

 オリキとホシヒコの言葉が自然と重なった。

「ハッハッハ、また会おう二人とも! 家内にはしばらくのホームステイとでも伝えておくさ。ーー何、今のうちに庶民の生活を経験しておくというのも悪くないさ。可愛い子には旅をさせよと言うからね」

 そう言ってソラは依然目を覚まさないウシオを背負いながらオリキの開けた穴から滑空し、宇宙船に乗り込んで飛んで行ってしまった。
 その光景を眺めながら、ホシヒコがポツリと呟いた。

「……これだからフィクサーってやつは嫌なんだ。次から次へと奥の手が飛び出てくる。もう少し反応が遅かったら俺だけ殺られてただろうな」
「……まあ、それも良いんじゃない? あんな場所で朽ちていくよりよっぽど建設的な最期を迎えられたと思うわよ」
「へーへー、拾って頂いて感謝していますよオリキお嬢様」

 オリキとホシヒコはそれぞれの傘を開くと、飛び去って行く黒塗りの宇宙船と、どこまでも続く一筋の宇宙船雲が広がる夕景に向かって飛び込んだ。





「ハハハ、天下のエレクトリックロード社の次期社長候補の一人とまで言われたお主がこんなところで野垂れ死んでおるとはな」
「ーー何、やってるんですか、オリキ、お、嬢、様……。こんな、と、ころ、で……」

 天の川の最奥地、浮浪者すらも近付くのを嫌がる魔の巣窟で独り死を待っていた男の前に、この場にあまりにも似つかない、いや逆に周りの風景との対比によって幻想的とすら見紛うほどの、年端も行かない幼子が現れると男を見下しながらケラケラと嘲った。

「時代は変わったのじゃ。もうとっくに第三次宇宙戦争は始まっておる。戦争に使う兵器が文化へと移り変わっただけじゃ。政治的な思想をインフルエンサーによって代弁させ、マスメディアの買収を行い作り上げた人工的な流行という名のプロパガンダによって民衆を扇動し、その辺の小さな惑星であれば簡単に破滅に導くことが可能になってしまった」
「……世界はとてつもない規模で広がって行く。その広がった世界で生まれた一つ一つの小さなコミュニティーで生き、そして死んでいくことすら可能になってしまった。だけど俺はその小さな惑星の中で自分の人生を完結させることに満足出来なかった。だから俺は大きな惑星の中で主役を張ろうとして失敗した。そんな俺に一体何の用があると言うんですか」
「そんな時代だからこそお主の力が必要なのじゃ。いや、正確に言えば儂はお主の『眼』が欲しい。……そう思っていたのじゃがわざわざ解体するのも手間でな。それに今は元手がない。じゃが今この場でお主が自身の有用性を示せば五体満足のまま儂が雇用してやってもよいぞ」

 そう言ってオリキは古い機種のスマートフォンを男の目の前に乱暴に落とす。

「これを使って今すぐ儂を有名にしてみせろ。もちろん、法に触れてはならない。リスクばかりを背負ってマネタイズできないとなると今後の活動に影響を及ぼすでな」
「ーーだったら、オリキお嬢様は今すぐここに捨てられてください。俺がそれを撮影して動画サイトにアップロード致します」
「……? そんなことをして一体何になるのじゃ? まさかお主、儂の惨めな姿を撮って自身の性癖を満たしたいというわけではあるまいな」
「そんなわけないでしょ。そりゃあ一部そういった嗜好のファンは付くかもしれないですけど、俺たちが狙う層はそこじゃないんです。タイトルはそうだな……『天の川に捨てられていた社長令嬢を保護したらめちゃくちゃふてぶてしく育った結果www』とかで良いですか?」
「……なるほどな。さてはお主、儂を捨て猫扱いする腹づもりじゃな?」
「そりゃあ俺も出来ることなら嘘をつかなくても良い正攻法でやりたいですけどチンタラやっている暇はないんでしょう? 失った好感度は後で幾らでも取り返せますが、そもそもこのコンテンツ過多の時代においてはまず知られることから始めないと。……それに、今すぐ証明して見せろと言ったのはオリキお嬢様ですからね」
「……まあ良い。それくらいの辱めは受けてやろう。じゃがそこまで身体を張って成果が出んようなら容赦はせんぞ?」

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