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壊れた車の思し召し

 「行ってきます。」と出て行って、数分で車からカラカラ、ギリギリ、と金属が軋み合うような変な音がする。

オートマなのに、エンストで止まる一歩手前みたいな。

 平日の忙しい朝。まわりの車も、ビュンビュンと自分の車を追い越して行く。
全く鳴り止まない音にビビりながら会社近くのコンビニに停めて、車の周りを一周見てみる。
タイヤは石を噛んだりしてないし、車下も枝なんか巻き込んでない。
でも、無視して会社に行っても帰りが怖い。
仕方なく会社に午前中休みます、と伝えてディーラーへ持って行く。
 コンビニからディーラーまでは、かなり距離がある。1時間弱ほどの道のりを本当に故障して道の真ん中で止まりませんように、と祈りながら運転した。

 ディーラーで担当さんに不具合を伝え、ついでにやばかった音も一緒に聞く。(赤信号で止まった時に録音してた。)2人して「こりゃあヤバいよねぇ」と顔を見合わせて、早速、整備担当の方に車を預けた。
 

 整備が終わって、さて会社へ行こうと思ったが時計を見ると昼が近い。お弁当を持ってきていたのでどこかの店で食べるわけにもいかず、快適になった車を走らせながらどこか食べられる所がないか探すことにした。大通りから線路を渡って、線路沿いを走っていると小さな公園が見えた。駐車場もある。

天気もいい。誰もいない。
よし、ここにしよう。


いそいそと公園へ入り、陽当たり抜群の位置に置かれたベンチでお弁当を広げた。

卵とわかめのお味噌汁。
ゴマと梅しその混ぜご飯おにぎり。
コンビニで申し訳程度に買った冷たいミルクティーとうまい棒(コーンポタージュ味)。

       ふふ。遠足か。

 1人ツッコミと不気味笑いを心の中でして、あっつあつの味噌汁を飲む。思わずオジサンみたいな濁点のついたため息が小さく出る。ポツポツと遊具があって、ジャングルみたいに木と芝生が生い茂っている小さな公園には、背が高くて枝に沢山花をつけた桜が一本あった。

 その下のベンチに、ご婦人が2人いた。

 見えなかった。いや、気づかなかった。でも、向こうからは車が入ってきた所から丸見えだったんだろう。上下作業着の女がベンチで味噌汁飲んでる姿は、随分不自然だったに違いない。目が、そう言ってる。
 ご婦人方はすぐに目を逸らし世間話をしつつ、桜を見ながら桜餅を食べると言うダブル桜を堪能していた。

私も、負けじとうまい棒でお花見に参戦する。

 公園の反対側、駐車場の向こう側は住宅街で
古い家が並ぶ中に無理やり嵌めたパズルみたいに新しい家が建っている。そういう家はどこの窓もぴったりとカーテンが閉まっていて折角のいい天気が勿体ないし、逆に古い家はカーテンどころか窓も開いていて部屋の奥まで丸見えで物騒じゃないかと心配になる。中間のない住宅街からは、どこからか布団叩きの威勢のいい音が聞こえる。めっちゃ長閑な田舎の昼を、満喫している。

 気がつくと、ご婦人方はお花見を終えて公園から出て行っていた。

お腹いっぱいで、天気も良くて。車も直って。
…あぁ、仕事したくないなぁ。

 やらなきゃダメな仕事がいっぱいあるのを理由に、重い腰を上げる。伸びをして、深呼吸をした時に斜め向かいの遊具と目が合った。口を大きく開けた、歯が4本しかないカバ。体は水色で、クリッとした大きな目がアンパンマンよろしく「僕の背中に乗りなよ」と目くばせしてくる。

 しっかりと辺りを見回して、そっと青いカバにまたがる。砂ぼこりのザラつきと、陽をいっぱい浴びた温度を指先に感じる。

 やっぱ、仕事したくないなぁ。
君(カバ)も、そう思うでしょ?私も。
このまま遠足続行したいなぁ…。

 その時、ガラガラガラガラ!という音が聞こえて慌ててカバから降りた。直後に補助輪付きの自転車に乗った子供と、ベビーカーを押したお母さんが入って来る。親子と入れ替わりでそそくさと公園から出て、車に乗り込む。

 そうか、君も仕事があったのか…。
私にもあるなぁ。

 子供の声を聞きながらエンジンをかけて、ヤル気が上がるように藤井風の音楽をかける。やらなきゃダメな仕事を思いながら、車を走らせた。

 


 



 



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