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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈08.カトリーナ・ヌーティネン〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

首都ヘルシンキから北東へ約440km。「森と湖の国フィンランド」を象徴する北カレリア地方の中心地。ピエリス川の河口に位置するヨエンスーは、古くからサイマー運河の交通の要所として、産業と通商の主たる役割を果たしてきました。

サイマーの最北端にあるピュハセルカでは、例年2月から3月にかけてサイマーンノルッパ(ワモンアザラシ)の営巣が始まります。世界で最も絶滅が危惧されるアザラシの一種で、主な原因のひとつに地球温暖化が挙げられます。氷と雪で巣穴を作るアザラシのために専門家たちは積雪量を予測し、少ないときには雪山をつくったり、雪を湖の水流に落としたり。生命の誕生を陰ながら応援しているのだそうです。

この町を拠点にガラス工芸家として活躍するのが、カトリーナ・ヌーティネンさん。ガラスの他にも、木材やコルク樹皮など持続可能な素材を用いたユニークなプロダクトを制作しています。

使命を自覚し、覚悟をもって創造する。今回は、創造性と技術をコミュニティに還元するクリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Katriina Nuutinen(カトリーナ・ヌーティネン)
/ ガラス工芸家・デザイナー

カトリーナさんは故郷のレフモを「バードハウス」に例えます。ヨエンスーの北に位置する小さな村では、いくつかの家族が互いに共同しながら平和な日々を送っていました。安心で、安全な暮らし。コミュニティでは争い事や危険な出来事は滅多に起こらず、子どもも大人も自由に自主性を育むことができ、好奇心が尊重されたといいます。のどかな村には子どもたちの伸びやかな歌声が響き渡っていました。児童合唱団では入団のために歌唱テストは必要なく、誰にでも平等に参加の機会が与えられたのです。

高校を卒業後、芸術分野に関心のあったカトリーナさんはヘルシンキのアアルト大学へ進学し、ガラスと陶芸を専攻しました。

「大学の授業ではじめてガラスを扱った時、熱い炉の隣に立ち、光栄に思ったことを覚えています。豊かな感受性と親しみやすさ、それでいてちょっぴり頑固。素材としては扱いづらいガラスと打ち解けるまでにはしばらく時間がかかりました。」

ガラスを原料に作られるガラス工芸。まずは約1300℃の溶解炉でガラスを溶かして柔らかくします。造形にはさらに1500℃くらいの熱が必要で、温度が上がりすぎるとすぐに焦げてしまうのだそう。

「本当に危険で、難しい作業です。すぐには技術が習得できず、練習を重ねる必要がありましたが、そうしている間にガラス素材への敬意はますます深まったように思います。」

工業デザインを学ぶため、そのままアアルト大学の修士課程へと進んだカトリーナさん。2009年にスウェーデンのストックホルムで開催された見本市に参加し、設計から製作までを手がけた「Hely–valaisin」を初公開すると、彼女の名前は国内外で知られるようになりました。ガラスを真珠や宝石に見立て、ペンダントライトを空間におけるジュエリーに昇華させた作品は、多くの人々を魅了しました。2011年にアアルト大学を卒業し、芸術修士を取得。同年に第一子の出産をきっかけに、家族とともに故郷のヨエンスーへと移ります。

「2010年に屋号 『Studio Katriina Nuutinen』を設立したので、私のキャリアは在学中から始まっていました。国際的なネットワークを築き、見本市や展示会に積極的に出かけるなど、より広い世界へと目が向いていました。その一方で、私たち家族がどのように繋がるかということも非常に大切でした。息子には、私がレフモで体験したバードハウスのように、安全な子供時代を過ごして欲しかったのです。」

心のままにあれもこれも手に入れるのではなく、自分のルールを見つける。カトリーナさんの創作活動にも通底するものがあります。新しいものを購入することへの罪悪感。壊れた時にその製品に手間をいれる価値があるかどうか。消費社会の成熟には、消費者の葛藤が隠されています。だからこそ、彼女は環境に配慮した持続可能な素材を用いることにこだわります。

素材は、ガラスメーカーの由来にもなったリーヒマキや、木材加工に長い伝統をもつ北カレリアなどの信頼できる職人と協働しながら作られています。最終的にはヨエンスーにある自身のスタジオで、カトリーナさんは自らのデザインに沿ってそれらを組み立てます。

ガラス工芸に用いるガラスは木材のような天然素材ではなく、一般的には花崗岩の風化によって生じる硅砂などを材料に人の手で生成されます。カトリーナさんの作品はいろいろな化学知識や熟練した技巧を総合し、幾人かの専門家の協力を得てはじめて実現できるのです。

「プロフェッショナルを頼ることに躊躇しないのは、彼らが私にはない圧倒的な知識とスキルを持っていて、彼らの専門知識に敬意を払っているからです。協働することはお互いの創造性に実りをもたらし、可能性を広げてくれます。」

最良の素材でデザインする。「Candeo kirkasvalolaite 」(2013) には、数あるプラスチックの中でも光の透過率が最も高く、耐候性や耐衝撃性にも優れているアクリル樹脂を採用しました。照明の上部に取り付けたスイッチでは、生活の時間帯に応じて、色温度の高低を変えることができます。インテリアマガジンDivaaniの2013ベストランプ賞を受賞し、2014年にDesign Forum Finlandとフィンランドの保険会社 Fennia Groupが主催する国際コンペティションで佳作に選ばれました。

「毎日の家事が楽になる、実用的な製品こそがエコロジカルだと信じています。長く所有することができ、壊れても修理する価値のある製品を責任もって生み出したいと考えています。」

限りある資源を有効に活用する。「Vieno−lasikokoelama」(2018)では、ひとつの金型から、ボトル・花瓶・時計盤・ボウル・ランプの5つの異なる製品を製作することに挑戦しました。材料の無駄を削減することもでき、経済的でエコロジカル。型に吹き込まれたガラスは、それぞれの製品ごとに様々な方法で切断されます。

スウェーデンのインテリアブランドKlongのためにデザインした「Perho– peili」(2017) は、蝶や鳥の繊細で力強い羽ばたきにインスピレーションを得ました。鏡は深い内省を映し出します。

「鏡を蝶番で2枚に繋げてデザインしたのは、蝶の羽のような躍動感をもたせたかったのと、立体的な思考を期待したからです。自分の姿だけではなく、鏡像で共有されたもう一つの世界を意識的に認知してほしいと考えました。」

カトリーナさんは、フィンランド文化財団から3年間の助成金を受け、2022年夏、フィスカルス芸術村のKMUMで展覧会を開きました。

「私の使命は日用品を作り、企業に創造的なサービスを提供することです。私の製品は人々の日常生活に真の喜びをもたらし、倫理的で持続可能な消費を簡単で魅力的なものにします。」

光と色を反射させるガラスは、木材と組み合わせることによって柔らかい光を生み出すことができるそうです。信頼を寄せることができるものを、少しずつ日々の暮らしに取り入れる。そうすることで、自他を許容し風通しのよい社会に一歩ずつ近づいていくのかもしれません。

\ カトリーナさんにもっと聞きたい! /

Q. 所有することをどう考えますか?
物を所有することを大切に考える人たちの価値観は十分に理解できます。フィンランドでも、どのような車や家、庭を所有するかに人々の夢や幸せが詰まっていた時代がありました。今は幸せのかたちが多様化したことで、私たちの生活はよりコンパクトに、合理的な方向へと向かっているように思います。

人は生きるために非常に多くの物を必要としますが、例えば、何かが必要なときにもすぐには購入せず、家族や友人と貸し借りしあう。その点、図書館の貸出サービスは本当に素晴らしいですよね。フィンランドの図書館ではスキー板やスケート靴、自転車なども貸し出します。サブスクリプション/レンディングサービスのようなビジネスモデルも、持続可能な開発の視点からは非常に優れていると思います。

Q. 不惑の決意は?
フィンランドでは年末になると、一人ひとりが新しい1年の抱負を自分に約束します。何を達成したいのか、自分自身をどのように変えたいのか。今年は、「慈悲」という言葉が頭に浮かびました。年齢を重ねるにつれて、自分の理想に近づいていることを実感します。自分に優しくありたいと思います。具体的には、仕事のペースを落とす、時々は携帯電話をオフにする、身体に良い食事を心がけるなどです。

Q. 郷土料理・カルヤランピーラッカを上手に包むコツはありますか?
小麦粉とライ麦粉、手に入るようならスペルト小麦を配合した生地でミルク粥を包みます。生地を薄く伸ばして折り目をつける時には、両端が尖った伸ばし棒(プリッカ)を使います。はじめに人差し指で折り目をつけてから、やさしく押してひだを作ります。家庭によってやり方は異なりますが、私はいつも真ん中から端に向かって、生地を回転させながらひだを作ります。

他にもご紹介したいカレリア地方の伝統料理があります。お肉を食べる方には、オーブンで煮込む「カレリアン・シチュー」がおすすめ。それから、じゃがいもを潰して小麦粉と混ぜ合わせた生地にお米を包むオーブン料理「ヴァトルスカ」も機会があれば是非!「カルヤランピーラッカ」と同じ材料で作れる「スルツィーナ」は、フライパンに生地を円状に薄く広げて、両面を焦げ目がつくまでじっくり焼いたら、中にあたたかいおかゆを挟んでくるくる巻いて完成です。とっても美味しいですよ!

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