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Design&Art|フィンランドのアートと人を巡る旅 〈12. ヘルシンキ現代美術館がリニューアルオープン〉

アアルト大学院でアート教育やアート思考を学ぶまりこさんが、フィンランドのおすすめスポットやイベント、現地に暮らす人々の声をお届けします。

2022年4月にリニューアルオープンしたヘルシンキ現代美術館・キアズマに行ってきました!オープンから1週間後の晴れた土曜日に行ってみましたが、建築デザインの視点からも注目される美術館とあって、フィンランドでは珍しく入場の列ができていました。英語のガイドツアーがあったので、それに参加してみることに。美術館の学芸員が1時間程の解説をしてくれました。

現在行われている展示はARS22と言って、1961年から続くコンテンポラリーアートの展示シリーズです。空間やパフォーマンスなどを使い、五感を通じて今の世界と私たちの関係について疑問を投げかける作品が集められています。今回は、その中でも印象に残った4つのアーティスト作品を紹介します。

空間と身体の関係

最初は、アメリカ出身でドイツを拠点に活動しているドナ・フアンカ(Donna Huanca)の作品。人間の体と空間のアイデンティティーをテーマに多くの作品を制作するドナは、ダンス、ビデオ、音、彫刻など、作品に五感を使うことで有名です。

会場では、時間帯によって香りが出たり、包み込むような音が流れています。ガイドツアーの参加者と一緒に地面に座って空間を味わっていると、感覚が研ぎ澄まされ、作品の音に敏感になっている自分に気付きます。

手前の像 Alstroemeria(2019)
壁の絵にはタイトルなし

壁の絵は、展示のオープニング時に彼女が自身の体の動きに合わせて描いたもの。五感が刺激される彼女の作品は、自分という存在と空間の関係性を考えさせられました。

サウナから考える生

五感を刺激する展示として、もうひとつ印象に残っているのがフランス人アーティストのローレ・プルヴォスト(Laure Prouvost)の作品。全体が赤い絨毯に囲われた部屋の中に入っていくとヌルッと暖かく、人肌と同じ37度に設定されています。

From the Depth of Our Heart To the Depth of The See(2022)

この作品はフィンランドのサウナにインスパイアされています。サウナはかつて、出産が行われたり、死者の体を清めたりと神聖な場所でした。そんなサウナと生を結び付け、暖かく薄暗い空間の中に、たこや魚などの海中の生き物と赤ちゃんの映像が繰り返し切り替わるビデオが流れています。

言葉を持つ前の子供の感覚、全てが初めての世界ではどのように見えるのかが体感できるこの作品。ビデオには彼女自身の子供への語りかけのシーンもあり、お腹の中にいた時はこんな感じだったのかなと不思議な安心感に包まれました。

サーミ族の建築と社会

Sami Architectual Library(2018-)

そして次は全く雰囲気の異なる空間へ。ノルウェーのサーミ族であるアーティスト、ユア・ナンゴ(Joar Nango)の展示では、彼の蔵書が並べられ、実際に読むことができます。

建築を勉強していた彼はサーミ族の建築に関する著書を探しますが、歴史的な背景を語っているものばかりなことに気付き、先住民サーミ族の建築、民族学、哲学などの文献を集め、自ら雑誌を作っているそう。

彼のデザインワークショップに参加したことのある友人はこう言います。「彼らはマイノリティとして、自身の文化を守りたいと常に戦っているわ。私達はフィンランドの首都やその周辺に住んでいて、全く違うライフスタイルと価値観を持っているから、ワークショップではいかにマイノリティや原住民族の文化を正しく理解して、私達のデザインに結び付けるかということにとても苦労したよ。」同じ国でも住む場所によって様々な価値観が生まれるのだと再認識しました。

アザラシやトナカイの毛皮が敷かれたソファーに座り、サーミ族の空気感を味わいながら、今後もっと理解を深めていきたいと思いました。

戦争へのメッセージ

NO WAR(2022)

最後の作品はこちら。ロシア人アーティストのエフゲニー・アントゥーフェフ(Evgeny Antufiev) はこの場所に他の作品を置く予定でしたが、ロシアのウクライナ侵攻があり、作品を作るのではなく、こちらのメッセージを掲げたそう。この場所は国会議事堂に向かい合っていて、シンプルなこのメッセージは強く印象に残りました。

向かいの見える国会議事堂
この場所は今も工事中でした。

フィンランドはロシアと1,300kmに渡り国境を接していて、現在はNATOにも加盟をしていないため、ウクライナ侵攻は他人事ではありません。NATO加盟への世論が多数を占める今、侵攻の危険がある中で、今後フィンランドがどうなっていくのかと不安を抱く人の声をよく聞きます。また、経済制裁によるロシアからの移民、侵攻によるウクライナからの移民が増え、複雑な気持ちを抱えている人も多いと思います。この作品のメッセージが届き、平和な世の中を願うばかりです。

Kiasma エントランス

新型コロナウィルス蔓延にウクライナ侵攻と、これまでになく変化の激しい世の中で、今回の展示はフィンランドでの自分の存在や将来を考えるきっかけを与えてくれました。また、異なる社会で生きている人に思いを寄せる、そんなアートの大切な役割を感じた展示でもありました。

Instagram:@ma10ri12co
https://note.com/finlandryugakuki/