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「昭和少年事件帳⑧」資本家と労働者の定義を実感した事件!

(はじめに)これは、私が青少年期を過ごした昭和時代の話です。

 同じ時代を生きた皆さんをはじめ昭和をご存じない世代の皆さんにも楽しんでいただければ幸いです・・では、事件の始まりです。

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 寒さの厳しい時期の思い出と言えば、小学校高学年から中学時代の冬休み中、恒例となっていた親戚農家のお手伝い(アルバイト)です。

 私の生まれ育った町は典型的な農村で特に干し大根の産地として有名でした。

 干し大根というと細切りにした大根を天日乾燥させる千切り大根を思い浮かべる方が多いかも知れませんが、それとは全く違います。

 スーパーとかで普通に売っている大根を丸ごとの状態で巨大な物干し台、通称「大根ヤグラ」にぶら下げて乾燥させるのです。

竹を組んだ強大な大根ヤグラ
標準サイズで高さ6m×長さ50m

 瑞々しかった大根をシワシワでフニャフニャになるまで干すことで漬け物(沢庵)の素となるのですが、では、太くて長い大根を干上がらせるために必要なものは何だと思いますか?・・ヒントは洗濯物と一緒です。

 真っ先に思い浮かぶのは強い日差しですよね・・ですが、南国宮崎といえど冬の太陽にそれ程の力はありません。

 となると・・残るは、そう!風です。

 それも常時吹き付けるっていうのが理想です。

 この町の北側には高い山があり、その頂きから麓まで転がり落ちてくる冷たい風が干し大根づくりにはうってつけだったのです。

瑞々しかった大根もシワシワに!

 町の至るところに大根ヤグラが立ち並ぶ光景は冬の風物詩として定着し、世界農業遺産にも認定されています。

 なお、家庭菜園とかの経験がある方はご存じだと思いますが、野菜の収穫って短期間に集中しますので、この時期の大根農家は猫の手でも借りたい状況に陥ります。

 これが、私と二つ下の弟が猫代わりに毎年動員された理由です。

 そんな我々に最初に与えられた仕事は、寒風吹き荒れるだだっ広い畑でひたすら大根を抜いて運ぶことでした。

 見渡す限りびっしりと並んだ大根はそれだけでももうんざりする量ですが、畑はひとつだけじゃないので無限地獄というか終わり無き戦いです。

 この頃、私は既に高学年でしたが弟はまだ3、4年生です。

 兄弟ですので顔はまぁまぁ似ていたと思うのですが、新陳代謝の面で大きな違いがありました。

 私は激しい運動をしてもまったく汗をかかない子だったのに対し、弟はもの凄い汗っかきだったのです。

 真冬の作業なので、普段から汗をかかない私はにじみもしないのですが、弟の方は作業を始めると直ぐにぐっしょりといった感じです。

 そんな2人の唯一の楽しみは10時と15時のおやつです。

 食べきれないほどのお茶菓子が並べられた30分の休憩時間、このためだけに耐えていたといっても過言ではありません。

 私達や伯父さん伯母さんに加え、お手伝いに来ているおばさん達も一緒になって世間話が始まります。

 その時、ふと一人のおばさんが、弟を見て言いました。

 “あら~この子、こんなに大粒の汗かいて~一生懸命頑張ったちゃねぇ~、それに比べて・・”と、私の方をチラ見するじゃないですか。

同じ親から生まれた兄弟です。

 「いやいや、オレも頑張ったって!」
 『うん、あんちゃんも一生懸命やったよ!』

 “あらら~今度は兄ちゃんをかばうとね~、ははぁ~ん、さては兄ちゃんにそうやって言えって言われたっちゃろ~”

 ダメだこりゃ・・汗しか見えてねぇ~(苦笑)
 
 そんな小学生時代を経て数年後、中学校に入ると私の仕事内容は一変します。

 大根洗いの担当になったのです。

 大根を干す際は、事前に土を綺麗に落とす必要があります。

 大量の大根を洗うため、既にこの時代から専用の洗浄機が導入されていました。

 エンジンを稼働させると最上部の穴あき水道パイプから水が出始めて、その下にある上下二段の長いナイロン製のタワシは、上の段は下向きに下の段は上向きに回転します。

 使用する時は、逆回転しているこのタワシとタワシの間に大根を差し込んで抜き差ししながら土を洗い流すのです。

 車の洗車機を思い浮かべていただくと分かりやすいかも知れませんが、タワシは超高速で回転しますので、周りはもの凄い水しぶきです。

高速回転のタワシと水しぶき

 粉雪でも舞いそうな季節ですし、山から吹き付ける寒風も相まって只でさえ体感温度が低いところにミストを浴びるのですから防寒着なんて何の役にも立ちません。

 近づくだけで歯がガチガチと震え、舌を噛みそうなぐらいです。

 こんな過酷な仕事を子供にやらせるなんて、と思われるかも知れませんが、実は寒いのは最初の5分だけなんです。

 両手に一本ずつ大根を持って回転中のタワシに差し込むと洗浄機の中に勢いよく吸い込まれそうになります。

 吸い込みを防ぐためには両手、両足を踏ん張り、常時力の入った状態で持ちこたえる必要があるのです。

 よく考えられてると思いませんか?この機械、全自動のようで実は人間の力加減でバランスを取る仕組みなんです。

 力を入れ続けることで10分もすると体がポカポカしてきて寒くなくなり、逆にミストシャワーが心地よくなってくるから不思議です。

シャワー最高!

 ワタクシ、誰にも渡したくない究極のポジションを見つけました。
 
 こうしてトータル5年ほど、私達は冬休みの度に正月三が日を除いてほぼ毎日畑に通いましたし、伯父さん伯母さんに至っては元日以外は畑にいたんじゃないかと思います。

 それだけ忙しい訳ですが、当時、私には少し疑問がありました。

 この親戚の家には私より大きな子供(いとこ)が3人いたのですが、この間一度も畑で会ったことがなかったのです。

 当時、従妹たちは高校生か中学生の高学年だと思いますが、その歳になると他にやることがあるんだろうと思っていました。

 だって、畑に出ればお小遣いが貰えるのに出てこないのですから特別な理由があるとしか考えられなかったのです。

 そんな冬休みも終わろうかというある日、この親戚の夕飯に私と弟が招かれました。

 労をねぎらってのことだったと思いますが、夕食の準備ができる間、子供部屋で待つように言われ、中に入って驚きました。

 そこには、見たこともない高級プラモデルの模型や、高価そうなギターやピアノなど、我が家には縁もゆかりもなさそうなものが並んでいたのです。

別世界が広がっていました。

 その時、初めて長年の疑問がふっと解けたような気がしました。

 そうか、この家の子達は働く必要はないんだ、欲しいモノは買って貰えるんだ・・

 コレが、社会科の時間に習った資本家(従妹たち)と労働者(私達兄弟)の違いなんだって、妙に納得した覚えがあります。

 では、この経験は活かせたか?・・いえ、私はその後もず~っと、労働者側です・・・

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