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短編 「まかない慕情」

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4月__
京都の先斗町で板前稼業をしている
私の職場にアルバイトのK君が入ってきた。

K君は神奈川県の生まれで
近畿圏内の、とある大学に通うため、
独り暮らしをはじめたばかりである。

変声期を迎えていないのか、
時折女性の声に聞き間違えるほど
その声色は高い。

彼曰く
「よく中学生と間違われる。」と、
その見た目もあどけなさが
残っているように思える。

なおかつ、軽妙でおしゃべり好きなのも
彼の持つキャラクターと相まって
どこかしら憎めないのであった。




板前修行も入ったばかりだと
追い回しの雑用ばかりである。
アルバイトとなるとさらに
追い回される。

それでも先輩たちからしごかれて
少しずつ、料理のイロハ__
基礎を叩き込まれる。

若い彼にとって
そのやることなすことが
初めての経験であったが、好奇心旺盛に
アルバイトに取り組んでいた。




三ヶ月も経つ頃
K君にいつもの元気がない。
ホームシックに罹った様子である。

その日、私は料理長から
豚肉の仕込みを命ぜられていた。

余分な脂を削ぎ落とすのだが、
なかなか良い三元豚であった。

私は妙案をひらめき、廃棄すべき豚の脂を
ストックしておいた。

店の営業は14:00〜17:00は
客足が閑散となる時間帯なので、
めいめいに休憩を取る。

私はK君にまかないを作ってやることにした。




先ほどの三元豚の脂身をフライパンで熱する。
白い脂身が溶け出す__
美しい透明の油膜が鍋一面に広がる。

思った通り上質のラードが抽出された。
その脂で赤みの部分をカラリと揚げておく。
そこにみじん切りのニンニクを投入すると、
なんとも芳しい香気が立ち込めるのだ。

食欲をそそる香りに
傍らにいたK君は固唾を飲んで見守っていた。


卵を2つ入れる。
冷や飯と混ぜ合わせるのだが、
この時のコツは卵を溶かないことだ。
そうすることで白飯と絡みやすく
するためである。

削ぎ切りの長ネギとみじん切りの玉ねぎを加え
鳥ガラスープを少しだけ加えて馴染ませる。

三元豚の脂身がたっぷりと染み込んだら
醤油に砂糖を加えたタレを多目に味付ける。
このタレは熱い鍋肌に直接注ぐことで
醤油の焦げた香ばしさが与えられる。
これは関東出身のK君を意識してのことである。

最後の仕上げにゴマ油と粗挽き胡椒を加える。

チャーハンの表面にコーティングされた脂は
中華鍋を煽ることで炎が吹き上がる。
その炎でパラパラとした食感へと変わるのだ。 

若いK君のためにサラダに鶏の唐揚げを
3ヶトッピングして手渡した。

「どうぞ。召し上がれ__。」




 K君は私の作ったチャーハンを頬張る。
「これは!美味しいです♪」
「先日、料理長が作ったチャーハンより
美味しいですよ!」
と目を輝かせながら言った。

「でしょ?K君は関東の出身だから
これくらいガツンと来ないと不服でしょう?」
と問いかける。

「そーなんですよ!
京都近辺でご飯を食べに行っても
味付けが薄くて…」
「特にラーメンとチャーハンはガツンと
した味付けがなくて物足りなかったんです。」
と嬉々としてチャーハンを平らげる。
 
「関西はお出汁の味付けが基本で
薄味のはんなりした味付けだから、
若い君には物足りなかったろう。」
と私は言った。
 
「そうなんですよ!この味!
それにしても良くご存知ですね?」
と訊くK君


K君の生まれた野毛(横浜市中区)あたりなら
この糖質と脂の塊とも言える
如何にも身体に悪そうな__(失礼)

故に純粋にジャンクな旨さを追求したガツンとしたパンチの効いた味こそが
ソウル・フードなんだろうと思える。

K君は美味そうに完食してくれた。

「アハハハ!なんだか元気が出てきました!
ごちそうさまでした〜♪」

K君が意気揚々と仕事へと舞い戻っていく。

「親元を 離れて判る 有り難み」

おそらく
他人の思い遣りにも触れたかったのだろう。

その若く悩める過渡期に
私なりのエールを込めて__

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この物語はフィクションです。

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