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香港 戦争の記憶と伝承に挑む⑧「価値あるものを見極めていきたい」九龍舊書店 阿然店長

 九龍舊書店は、香港屈指の繁華街、九龍地区・旺角(モンコック)の雑居ビルの一室にある古書店だ。中華民国や第2次世界大戦関連、中国返還前後の古書を数多く扱う。特に、入手が難しい日本軍関連の資料や写真を専門に収集・販売し、同業他社とは一線を画す。開業以来評判が広がり、学者や歴史愛好者にファンが多い。

 店内は300平方フィートの空間が広がり、窓際の一部を除く四方の壁に配置した書棚には赤茶けた古書がぎっしり。多くが個別にタグ付きでラッピングされ、丁寧に陳列されている。仕入れから販売まで、たった一人で切り盛りしているのが、創業者兼店長の阿然(アラン=30)だ。開業して6年目になる。開業の動機やこだわりを聞いた。

多くが個別に包装され、丁寧に陳列されている

――香港では近年、若い世代で個人経営の書店を開く人が増えましたが、古書店は珍しいと思います。開業のきっかけを教えてください。

 大学3年の頃、隣の家の人が古書を処分しようとしていました。もし捨てるなら、と「四邑(広東省南部の台山、開平、江門、恵州一帯を指す)」に関する本を譲り受けたことから始まります。売ってみたら、お金になったのです。最初から意図していたわけではありませんでしたが、価値があると判断されたためでしょう。その後、面白そうな古書や古本を見つけては、売るようになりました。

 2018年の大学卒業と同時に「九龍舊書店」を開設しました。わたしは一人っ子ですが、就職せず書店を開くことに関して、両親は反対しませんでした。開業資金はほとんど掛かっていません。

――店名の由来は。

 最初の書店は九龍の土瓜湾(トゥーグアワン)で、今の場所は19年に引っ越してきました。どちらも九龍での出店になるから、九龍舊書店と名付けました。後から知ったのですが、実際にあった本屋の名前で、すでになくなってしまったそうです。両親が子どもの頃、何度か行ったことがあると話していました。

――どのようなお客さんが多いですか。

 リピーターです。年齢層は幅広いですね。ただ、必要な時に来ると言った感じです。

 実店舗だけでなく、ウェブサイトやフェイスブックも活用して販売しています。どんな本を売っているか知らないから、サイトでチェックして買う人もいます。

英領香港時代に漢文中学(1926年創立)で発行された初の校内刊行物(前列中央)など

――取り扱う古書の特徴を教えてください。

 主に文学、映画、歴史分野を扱っています。多くの人が普遍的に好きですから。香港や中国の歴史、中国文学をそろえています。

 大学では歴史を専攻し、中華民国時代を含む近現代史を研究していました。古書の選定に生かされている面はあります。清朝時代のものもありますが、中華民国時代の書籍が多いです。1967年の香港左派暴動「六七暴動」は個人的に関心があり、関連の書籍を置いています。最も古いのは1857年に英国の香港政庁が出版した本です。

 自分で初めて買った古書は中華民国に関する本でしたが、どこで買ったのかは忘れてしまいました(笑)。 

――古書や歴史関連の資料はどのように収集しているのでしょうか。

 香港や中国大陸、日本だけでなく世界中を対象に、自分で実際に現地に行って探しています。もちろんインターネットも活用します。

 買い取りに行く場合もあります。他人にとって不要でも、価値があると判断すれば引き取ります。ただ、店内のスペースが限られるので、10分の1か9分の1だけもらって、残りは他の書店に渡します。小さい倉庫も借りていますが、全ての陳列はできませんから。普段からやり取りしている古書店が1〜2店あります。

――日本軍関連の資料を収集・販売しようと思ったのはなぜですか。

 多くの人が集めたいと思っているから。歴史研究を目的としている人もいれば、自分のコレクションとしている人もいます。

 日本軍関連は主に中国大陸か日本に行って仕入れます。香港で入手することは少ないですね。広東省も含めて大陸で手に入る理由は、香港にいた人が(終戦の混乱に乗じて)持っていったからです。大陸では今も一部の人が収集や保管をしています。

 販売状況は良いですね。でも価格が高くなると、簡単には売れません。扱っている中で最も高いのは、日本占領期の香港の地図(1942年)です。35万香港ドル(約700万円)します。同じものが博物館に陳列されています。

日本占領期に発行された「香島日報」なども扱っている

復刊できないゆえの味わい 100年前の妙との出会いを求めて 


――古書の魅力は何でしょう。

 たとえば、文学なら以前デザインされた(装丁の)美しさを感じられるでしょう。すでになくなってしまった会社が出版したもので、現在とは違う味わいがあります。

(一次資料になる)以前出されたある本には歴史的価値があるかもしれません。現代版の本は変更や追記されている可能性があります。100年前に香港で出版された本が(絶版になり)再出版できないなら、100年前の本を探すしかありません。

 文学でも同じで、一般的に初版本が買われます。初版本は美しく、収集する価値もあります。新書にはないことだと思います。

――本の選定で最も重視している点は何ですか。

 書かれている本自体が良いか悪いか。書かれている内容が良ければ、今でも読んで意義があると判断します。(テレビもネットも普及していない)以前は、本が大量に出版されていましたが、一部は価値が失われています。ただ、たとえば古い雑誌でも、ある人は持って帰って読みたいと思う場合があります。

 読む価値があるものは、収集する価値があります。1冊の本でも博物館に置かれるかもしれません。なので、今でも価値があるかどうかを見極めます。お金の問題ではありません。ある本について価値がないと見なされるなら、本自体の内容が悪いと言っていいでしょう。

――九龍舊書店の役割は何でしょうか。

 純粋に古書を売買する書店であること、同時に、より多くの貴重な古書を継続して発掘・収集し、必要な顧客や機関に提供することです。

――今後の見通しを教えてください。

 古書店業界の見通しにはとても楽観しています。この業界はずっと進歩していて、以前は気軽に売るだけものでしたが、今の古書店経営には見識や判断力が求められています。

 わたしは自身は、あと20年はここで経営を続けているはずです。

中国返還前に出版された香港の書籍も多い

九龍舊書店/KowLoon Book Store
住所  : 九龍旺角 煙廠街9號 興發商業大廈5樓502室
 Room 502, 5/F., Hing Fat Commercial Building, 9 Yin Chong Street, Mong Kok, Kowloon
営業時間: 14:30~19:30
定休日    : 月曜日と火曜日
ウェブサイト:https://klbook.com.hk/

※ 見出しの写真は『軍政下の香港』(香港占領地総督部報道部監修、東洋経済新報社編、香港東洋経済社発行、昭和19年版)

〈筆者より〉
九龍舊書店が入居するビルの真ん前の道路は、露店が立ち並び、入り口を見つけるのがやや難しい。だが、多くの客はすぐにリピーターとなるため、気にならなくなるようだ。

エレベーターを降りて、暗い廊下を数十歩。書店のある部屋のドアが内側に開いていれば、「営業中」のしるし。香港人の友人の紹介で、嬉々(きき)として初めて訪れた日、残念ながら定休日だった。数日後、もう一度訪れると、書店のドアの隙間から光が漏れており、ほっとしたのを覚えている。

店内に入り、壁際の書棚を順に目でたどって、ふと窓際を見ると、パソコンの置かれた机に向って作業をしている青年がひとり。それが阿然だった。古書店経営というイメージで、年配の方が店長だと勝手に想像していたので内心驚いた。

その後数回訪れて確信に変わったのだが、香港の歴史学者のホープから熱心な歴史や古本の愛好者まで根強い人気ある。分かりづらい場所にありながら、毎回訪れると1人か2人は「先約」がいる。もしくは、後からふらっと誰かが入って来る感じだ。

インタビューの後半で本人が触れている通り、単に本を売るのではなく、その本や資料にどんな価値があるのかということへの理解に重点を置いている。ネット販売も活用し、仕入れのために海外に赴くこともある。一見淡々としていて、本人の口数は決して多くはないが、古書に関してはひたむきで独特な熱量を感じさせる人だ。

旺角と油麻地(ヤウマーテイ)のちょうど中間ぐらいの場所にある。ふらっと立ち寄っても、きっと何か発見があると思う。近くに行くことがあれば、ぜひ一度立ち寄ってほしい。ただし、定休日かどうかは事前に確認を。









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