玲音(れいん)

玲音世間見聞録 Twitterの140文字で書ききれないものを書いてます 社会学、…

玲音(れいん)

玲音世間見聞録 Twitterの140文字で書ききれないものを書いてます 社会学、心理学、哲学を思考の補助線にして普段から考えていることが主な内容です。 2024年から原稿依頼受付をはじめました 連絡先: Twitter:@lainjing

マガジン

  • 写真を撮る前に、撮るときに知っておきたい10のこと

    あなたはカメラを手にした時に撮りたいものはなんですか? スマートフォンのカメラの性能が目まぐるしいスピードで進化する昨今 しかし、ちょっと高い一眼レフカメラを買ってみると今までにない体験と写真を撮る楽しさを知ることができます ポートレートといわれる人を撮影するもの コスプレ撮影 花や景色、動物など 「いい」写真にはちょっとしたコツと知識が必要です そんなちょっとしたを知るきっかけになるための本になっています 本マガジンは発売されている自分の書籍を電子化したものになります

  • 日常

    普段の生活の中から一瞬を切り取り、言の葉と写真という視覚言語で語ります

最近の記事

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積読という生き方

本を月にどれくらい読みますか?と訊かれることがありますが、ざっと40冊前後です。これが多いのか少ないのかはわかりませんが『僕』のひとつの考えとしてはとりあえず、この本はいいなと思ったら買ってしまうというものがあるのでそんな調子で買っていくと家にはドンドンと本が積まれていくわけです。 これがいわゆる「積読」というものです。 人からオススメされたり、本屋さんや神保町の古本屋を巡っていると手に取ってしまう本もあればKindleで買うもの、漫画なども含んでというものです。 また、図書

    • AI絵師、生成AIだと魔女狩りをする前に読む散文

      AIのイラストはパクリだからよくない こんな事を言う人たちが多く、AI絵師などと言ってAIで生成したイラストを揶揄したり自分たちのイラストが盗まれているということを話している人も多くいます。 『僕』が少し言いたいことはAIについてどれくらい知ってそういう発言をしているのだろうという疑問です。 よくある勘違いはAIに学習させたイラストのデータからコラージュをして切り貼りと言ってもいいでしょうAIはイラストを生成しているのだから盗まれている!という人です。 これは間違いです。

      • 子供の死というものの向き合い方

        帰ったときに弊息子が泣いていた 事情もわからず寄ってみると、亡くなった人の名前を呼びながら大粒の涙を落としていた なんでも、写真を見せていたら亡くなった人との思い出の話を聞いていたときに急にということで…… 弊息子の涙に、『僕』は胸を打たれた。 まだ子供だから、死んだ人のことについてはあまり興味がないものだと思っていた。 しかし、彼の涙は、『僕』の考えが間違っていたことを教えてくれたのです。 弊息子は、義母との思い出を大切にしているのだ。 一緒に過ごした時間、交わした

        • AIというものの付き合い方

          技術の進歩は常に人類の発展に寄与してきました。 それは人の働き方を変えていき、その生活も驚くほど便利になり様々な不快からも解放されていくのです。 しかし、AIの急速な発達により、私たちが長年培ってきた技術や技能が置き換えられていく可能性が高まっています。 そのような状況下で、人々がこれまで築き上げてきた誇りや自信を失ってしまうのではないかという懸念が生じるのも無理はありません。 最近ではAIに仕事が奪われるのではないか または、イラストもAIが描いたものが広まっていき、俗に

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        積読という生き方

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        • 写真を撮る前に、撮るときに知っておきたい10のこと
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        記事

          ダイエットと貯蓄の原理はシンプルなのになぜ達成できないのか

          ダイエットができない お金がたまらない 誰もが悩む問題であり、常にトピックとして扱われる問題ではないでしょうか これだけテクノロジーや科学、技術などが発達しても解決はされません。 この原因とは何なのでしょうか これらには共通した原因があります。 なぜ、できないのか? それは方法論や人の個人の事情にあったもので考えていかないといけないのですが、それはここでは扱わないようにします。 ダイエットと貯蓄の原理は同じ ダイエットも貯蓄も原理は同じでございます。 入力と出力の調

          ダイエットと貯蓄の原理はシンプルなのになぜ達成できないのか

          AIは人間の知能を超えるのか、問題の扱い方についての考察

          AIの倫理的な論争や技術的な論争は現在もなおディスカッションが行われています。 AIは人間を滅ぼすのか? AIは人間の頭脳を超越するのか? 様々なことが話されていますし、SF染みたものが与太話としてSNSなどで流布されていますがそんなことないよというものから実は可能だよねというものまで これから先が楽しみであり、怖さもあるそんな世界です AI が人類を滅ぼすかどうかについては、様々な意見が存在します。 現時点では、AI が自律的に人類に敵対的な行動をとる可能性は低いと考えら

          AIは人間の知能を超えるのか、問題の扱い方についての考察

          一度、触れて忘れた状態が教養である

          一度、触れて忘れた状態が教養である 知識というものは忘れるから勉強をしても意味がないじゃないか 本を読んで何か知識を得ることに何の意味があるのか 無駄なのではないか、それだったら本は動画を見るよりもお金もかかるし、時間もかかる。 それなら、やらないほうがいいし、もっといい方法が今だからこそあるんじゃないですか?(このいい方法とういうのは「動画」という今だからこそという結果で帰結するのですが……) たしかに学校の授業をはじめ勉強したからといってすべてを覚えているわけではないで

          一度、触れて忘れた状態が教養である

          宿命という視座から見る人生

          人間とはいくつかの宿命を必然的に背負い生きる存在であります。 時代に生まれ、いくつかの時代を通過し、別の時代に死んでいきます。 人間とは生きていると時間というものは、何かのきっかけがなければ感じることはありません。 自分の成人などどの年齢の区切り、人の死や、子供が産まれることなど 人はそういうものがなければ時間、刻を意識することがないでしょう。 ゆえに人は意識せずして、時代を歩いていくのです これは決められた時代でしかできないことで選ぶことができないもの これが宿命とい

          宿命という視座から見る人生

          言葉の乱れという戯言は老人の感傷主義にすぎない

          言葉の乱れ?いや、言葉の進化だ! そんな論争もなんのことやらと しかし、新しい言葉が出てくれば必ず出てくる謳い文句は「言葉の乱れ」 これの一遍通りでございます。 老人がよくいいますがそんなものは彼ら老人の感傷主義に違いありませんし、そんなものに付き合うほどこの世の中はさらに暇ではありません。 言葉にについては前回はこちらで 言葉は生きている。時代とともに移り変わり、進化を遂げていく。それこそが言葉の本質なのです。言葉とは文化でもあります。しかし昨今、「言葉の乱れ」を嘆く声

          言葉の乱れという戯言は老人の感傷主義にすぎない

          日本人の言葉を交わす作法の在り方について

          日本人のコミュニケーションにおける独特の文化と特徴 1854年、2回目のペリー来航の際にアメリカ人の乗組員は日本人を見て言ったそうです。 「日本人はとてもスローである」 黒船が水平線に来ているにも関わらず、日本人は「けっこうなお天気で……」と話しがはじまりゆっくり話し始めるとのことでまったく危機感がないというのです。 日本人というのは言葉というものは語彙が多く表現もあり、繊細な物言いができるのにコミュニケーションにおいてはその役割が発揮されないという性質があるのではないか

          日本人の言葉を交わす作法の在り方について

          見えすぎる世界の代償 ~SNSが醸成する加虐心の芽生え~

          現代における日本人の在り方というものは些か目に余るものがあるかと思います。 その日本人の目に余るというものに関していうのであれば、本質の問題はいまに起こったことではないのですが、それが目につきやすくなり問題化しやすくなった・してもいいという空気を帯びたことだと思います。 日本人の特性というものは社会を持ち合わせず、世間しかないというものです。 このことは問題として取り上げられるもので、このnoteでも散々書いてきたものでありますため、これを機にそちらに少し目を通してもらえ

          見えすぎる世界の代償 ~SNSが醸成する加虐心の芽生え~

          うるさくない冬瓜のような文章にあこがれて

          良い文章を書くための考察 文章とは、言葉を紡ぎ合わせて思いを伝えるための手段です。しかし、単に言葉を並べるだけでは、良い文章とは言えません。冬瓜のような味が控えめで、何かを邪魔しない言葉の並び、それこそが美しい文章なのだと私は考えています。 かくいう自分も文章を上手く書けるのかというとなかなか胸を張って言えるものでもありません。 文章を書くというのは何か終わりのない技術であるように思えてならないのです。 では、このような文章を書くためにはどうすればよいのでしょうか。 まず

          うるさくない冬瓜のような文章にあこがれて

          令和東海道中膝栗毛

          旅に出た 先月は四国の松山へ行って、とても愉快な時間を過ごしたのですが、 「あっ、そうそう詳細はこちらへ」 旅というものはそう何度も行くことはないのですが、偶然にも時間が空いていたので友人と気分転換の日帰り旅行 何をするのも決めない ただ、移動距離とアイデアや頭の中にある考え事の解決する確率は比例するというのが自論ですから、この旅というのも無駄ではないのです。 移動するという行為においては景色へと目を映せば普段とは異なる変わるがわるの窓の外 制限された移動時間の中の自分

          令和東海道中膝栗毛

          言葉の乱れというものの向き合い方

          言葉の乱れというものを感じてこれかの若者が心配になる こんな事を今ではTwitterを使って言われるのです。 が、言葉の乱れなどというものは昔から言われているもので、いつの時代にもあったものなのです。 言葉を略す、外来語からの和製英語のようなカタカナ新語、これらはその時代の文化としてあり得るものなのであります。 大正時代でいえば、サボるという言葉はもともと、サボタージュからの派生で生まれてきた言葉ですから昔からの言葉というものでありますし、これを乱れというのかどうかもまた微

          言葉の乱れというものの向き合い方

          最小の労力をもって最大の欲望を満たすことが日本はできるのか?

          日本経済の停滞と経済的行為の最大化への考察 1990年代から現在に至るまで、日本は"失われた30年"と呼ばれる長期的な経済停滞の時期を経験してきました。この間、他国のGDPや株価は目覚ましい成長を遂げ、国富を着実に増やしてきたように見えます。しかし、日本だけはその潮流に乗ることができませんでした。一体なぜ、日本は経済的行為の最大化という基礎原理から乖離してしまったのでしょうか。 経済学者アダム・スミスは、人間の経済的行為の基礎原理として、「最小の労力で最大の欲望を満たすこ

          最小の労力をもって最大の欲望を満たすことが日本はできるのか?

          日本人の自由はリバティとフリーダムのどちらなのか

          日本人の自由観と今後の在り方についての考察 日本人が考える「自由」とは、一体どのようなものなのでしょうか。英語では、自由を表す言葉として "Liberty" と "Freedom" の2種類があります。"Liberty" は自立と責任を伴う自由を指すのに対し、"Freedom" は好き勝手で自由奔放、制限のない自由というニュアンスで用いられます。日本人が直感的に抱く自由のイメージは、後者の "Freedom" に近いのではないでしょうか。 現代の日本社会では、自由は個人主

          日本人の自由はリバティとフリーダムのどちらなのか