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その60)ある若者の悩み

※これは、作者が想定するベーシックインカム社会になった場合を想定した、近未来の物語です。

朝陽(あさひ)は地方の高校の卒業を控えた山田家の長男で一粒種だ。父は以前グラフィックデザインの仕事をしていたがその分野の仕事がどんどんなくなり、今は地域のイベントを企画運営するプロデューサーの仕事をしている。母は介護の職場に努めている。両親の祖父・祖母は両方とも朝陽の家に住んでおり、元気なので日々ボランティアや趣味に励んでいる。そんな7人家族だ。

朝陽が通う高校では、基礎学力の他は主に社会に出てからのルールを学ぶくらいで、他はかなり自由だ。進学は少数派になったので、多くの生徒は生活の知恵や様々な表現芸術、AIの利用法など様々な分野をアクティブ・ラーニング方式で学んでいる。アクティブラーニングとは、主に自分が興味を持った分野を自分で深めて学習していったり、与えられた課題の解決方法を仲間と共同で探ると行った学習法だ。小学生の頃からこの勉強方式なので、勉強自体は楽しいと感じている。学校行事は交流事業も含めかなりあって他校にも友人が多い。

就職先にホワイトカラーはほぼ無い。今はロボットが代替できない作業を受け持つ仕事や、店員や介護など人によるサービスが求められる仕事、実演調理など、あえて人がするエンタメ的な仕事が多い。テクノロジーが発達しているので、仕事内容はそう難しくはないが、肉体的に厳しいという点から、1日6時間以内、週30時間以内の労働が法律で決まっているらしい。しかしそれも取り合いになっているので、1日3〜4時間ずつのワークシェアを導入している事業所が多い。その分収入も少なくなる。

一方で才能を見出された人は、幼児のうちから飛び級してアスリートや、アーティスト、科学技術研究の分野に飛び出していく。残された普通とそれ以下の人は、今の社会に適応して生きていくというシステムだ。人のお世話をする仕事は割と人気だ。人の役に立っている感が強いのが良いらしい。

ベーシックインカムは朝陽が小学5年生の頃に始まった。朝陽は大人たちが導入についてずいぶん騒いでいたのを覚えている。導入時の金額はかなり低かったらしい。賛成派と反対派がひしめき合って、ようやく落ち着いた金額は1人あたり月1万円だった。毎年、その金額はベースアップしていて、今は月7万円位になった。ただし、子どものベーシックインカムに関しては親が使い込んで虐待につながった事件が起きたため社会問題となった。それがきっかけで子供向けのベーシックインカムは学費や給食、体操着などを完全無償にするベーシックサービスに切り替えられた。

朝陽は家を出たいと思っていた。家にいても家の手伝いと適当に就職して得た仕事しかない。両親からしたら自分も家庭の財源なので、出ていってほしくないかもしれない。でも、このままじゃつまらない。今までと違う何かを始めたい。新しいことを思い立って始めようと思っても「それはもうある」などと否定されがちだからだ。

卒業すればベーシックインカムは満額自分に入る。それを元手に、新しいことにチャレンジしたい。世の中は自動化の一途だけど、寝て起きて食べてトイレして学んで遊んで働いてっていうのが人生の全てなら、全部それを自分の好きなやり方でやって、それが全部自分のためになるなら最高だ。どうしたらそんな人生になるんだろう。

就職先を決めた同級生も、その就職先はいつか自動化で消えてなくなるだろう。その時までにどれだけ投資に回せるか頑張ると行っていた。失敗してもベーシックインカムがあるならなんとか生きて行けるだろう。でも、何にチャレンジしたらいいんだろう。

卒業が近づくにつれ、悩みは深まるばかりだった。

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