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『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』を読んで 〜 技術革新の方向性の考察

『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』 (ピーター・ディアマンディス, スティーブン・コトラー /NewsPicksパブリッシング, 2020年)  のレビューです。

幅広い分野の技術革新の見通しをテーマにした本です。私は企業で研究開発の仕事をしているため、自分の専門分野の周辺を中心にどのような予測がされているのか気になって読んでみました。

勉強になる部分が多かった一方で、これから本書を読む人には注意してほしいこともあるため、まとめてみます。

■ 本書の重要ポイント

これから技術革新が急速に進む分野として、「小売・広告・エンタテインメント・交通・教育・医療・長寿・金融・不動産・環境」を中心に網羅的に説明されています。

本書の特徴は、この「網羅性」に尽きると思います。なるべく漏れなく、これから技術革新が進む分野をカバーしようという意気込みが感じられました。辞書的な使い方ができる本だと思います。

企業名・個人名を出しながら、具体的な技術開発の状況がイメージできるよう書かれています。参考文献の掲載が多いため信頼性も確保されています。

もう1つのポイントは、「コンバージェンス(技術の融合)」の説明が充実している点です。異なる技術の融合により、加速度的に技術革新が進むことが強調されています。例えば、医療分野は、材料科学・AI・センサー・ロボットなどの融合で急速に発展する未来予想図が具体的に描かれています。

こうした複数の異なる技術間の相乗効果は、私自身の研究開発の仕事でも特に重視されています。世の中の変化が激しく、自社技術だけで戦うのは難しい状況になっているからです。多角的なモノの見方は勉強になりました。

本書全体の中で、個人的に特に印象深かった部分は以下のとおりです。

  • 未来の移動手段として、ウーバーなどが電動垂直離着陸機(eVTOL)に力を入れている。ライドシェア事業の拡大が見込まれる。この分野は、複数の技術のコンバージェンスにより、「安全性」「騒音」「価格」の課題が解決され急速に発展するはず。

  • センサーは極小化が進み、扱うデータ量の膨大になる。「地球のあらゆる感覚的刺激をとらえる電子的皮膚」として機能する。

  • 小売の形は、AI・ロボットにより激変する。ショッピングモールは無くなるかもしれない。

  • SNSマーケティングは、(2020年から?)10-12年のうちに消えるだろう。センサー、AI、AR視覚装置などにより、広告は2次元の画面から解放される。

  • 医療分野へのテック企業の参入が進む。AI・3Dプリンティング・センサー技術など。遺伝情報の読み書きも進展する。32,000ある遺伝性疾患の半分は、1つの塩基対の不具合で生じている。それが解決し、16,000の病が一掃できるかもしれない。

  • 医療の進歩で寿命が伸びる。(2020年から?)12年または30年くらい先には、人間は死の一歩手前で留まれる状態になるとの見解がある。富裕層が長寿技術に資金を出す。

  • 自動運転技術により自動車保険は不要になる。一般に、個人のリスク分析が高度化すると、低リスクの人が結託して抜けて別グループを作るので、一般向けの保険ビジネスが成立しなくなる。

  • 都市での農業が進む。垂直農法・地産地消など。

  • AIやロボットで「自動化」が進んでも、雇用の問題はない。消える仕事もあるが、それ以上にAIやロボットに関連する仕事が増える。

  • BCI(brain-computer interfaces)がコンバージェンスの究極の交差点になる。脳をシームレスにクラウド経由でネット接続できる可能性がある。脳の処理能力・記憶能力のクラウド化できる。

■ 読者が注意すべきこと

これから本書を読む人に、注意してほしいと思った事項がいくつかあります。以下を頭に入れて読むと良いかと思います。

タイトル

本書の日本語タイトルは「2030年...」とありますが、原書のタイトルは「The Future Is Faster Than You Think: How Converging Technologies Are Transforming Business, Industries, and Our Lives」です。「2030年」という時期は含まれてません。本文中でも(出版された2020年を基準にして)「10年後」のような表記がいくつかあるくらいです。「2030年」という時期に特化しない前提で考えたほうが良いでしょう。

著者の専門分野と立場

著者の専門分野やバックグラウンドを調べてみました。

  • ディアマンディス氏は、本書で扱われているような寿命延長・宇宙など幅広い先進技術に関連するベンチャーキャピタリストであり、「シンギュラリティ大学」の創設者。

  • コトラー氏は、身体パフォーマンスに関する事業に関わっており「フロー状態」(精神の集中・没入で集中力を発揮できる状態) の専門家。

本書全体を見ても、分野別の分量として、宇宙を含む「移動」に関する技術、医療や長寿、AR (Augmented Reality : 拡張現実)、フロー状態に関する記述が目立ちます。こうした分野間の偏りは意識して読んだほうが良いでしょう。

アメリカの話

登場する企業や人物もアメリカが中心です。全体として、アメリカの条件、環境に特化した内容が大部分を占めています。「アメリカの技術革新の予測」として読むほうが賢明でしょう。

例えば、本書の中で太陽光発電の低コスト化の話が出てきますが、アメリカの事例が中心です。当然ながら、日本や欧州では全く事情が異なるはずです。
(また、2020年時点の著書のため、ロシア・ウクライナの戦争によるエネルギー事情の混乱までは予測されてません)

技術の進歩に関するバイアス

技術革新が急激に進む方向の話が中心であり、分野によっては進歩が進まない可能性について、あまり触れられていません。これは、著者のビジネスが「シンギュラリティ大学」の運営などで、技術革新を扱っている事情もあるのでしょう。ただし実際は、予測は往々にして外れるものです。

例えば、本書の中で、技術革新に関する有望な投資の事例として、孫正義氏の「ビジョンファンド」の話が出てきます。しかし、ビジョンファンドは2022年8月の報道によると大不振となっています:

また、一般に、想定外の出来事が世の中を大きく変えてしまうものです。本書の原書が出版された2020年初めの時点では、コロナ禍はまだ広がっておらず、ロシア・ウクライナの戦争も始まってませんでした。これらの要素は反映されていないことに留意しましょう。

エクスポネンシャルテクノロジーという用語

"exponential technology"は、本書でたびたび登場する用語ですが、調べたところ著者の界隈でよく使われる造語のようで、一般的な専門用語ではないように見えます。なお、exponential =「指数関数的な」は、linear =「線形の・直線的な」の対比として、指数関数的に進化するという意味を込めているようです。

■ まとめ

『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』は、幅広い分野の技術革新の見通しを、網羅性・具体性をもって説明されており、参考になる要素が多い書籍です。ただし、著者のバックグラウンドや米国特有の事情などを加味して読むことをおすすめします。

またメジャーな類書として以下があります。技術以外の分野も重視されており、主に日本向けという特徴があります。

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