過走行K6Aの呟き~ステッカーの数だけ力になる~

愛車のSUZUKI・ワゴンR(MC21S 2000年)で、日本全国の道路の謎、身の回り…

過走行K6Aの呟き~ステッカーの数だけ力になる~

愛車のSUZUKI・ワゴンR(MC21S 2000年)で、日本全国の道路の謎、身の回りで起きた問題などを考えて行きます。 本業は4tドライバー。

最近の記事

西尾潤著「マルチの子」で考えさせられたことVol.2 N.T君の詭弁

会社の実態はなかったね谷川岳作戦を決行した彼の精神状態は如何なるものだったのか。彼が脳内で眺め続ける星「K.T」に関する説明は全くなされず、“単なるプレイヤー”と濁された。 触れたくないタブーなのか、それとも知らないだけなのか。後に行政処分を受けた際の消費者庁の文書では、K.T個人に対する行政処分となっているよう。 「L(会社名、イニシャル)ことK.T」と書かれていて、会社の実態はまるで無く、マルチのピラミッドの頂点はK.Tであると言うのが消費者庁の公式見解である。 傍か

    • 『特集・2024』休憩と待機は水と油(現地調査編)

      アタりばっかじゃないw物流センター卸しのドライバーにとって、待機時間は大きな問題となる。 佐藤さんの仕事は1軒だけも場合もあれば、2軒3軒の日もある。しかも受付締切や完納が午前中なのがほとんどなので、出来るだけ早く出発し、1軒目でハマらないようにする。 佐藤さんが担当する埼玉県の配送先は、規模が大きく、夜間入場や待機が出来る場所が多い。そしてバースも5、6台着けられるから回転率は悪くない。 会社で翌日のルートを聞かされた時に安心する場所で、気分が少しだが楽に仕事出来る。

      • 『轍』Lev.3 「地下鉄7号(SR)延伸問題の深層」Vol.2  2つのさいたま(東部編)

        蓮田と浦和に挟まれた地「岩槻」浦和美園駅の横断幕 (さいたま市緑区 2024年2月17日撮影) 岩槻は不便だと思う 「人形の街」で有名な岩槻は、さいたま市の岩槻区として存在する。 都心までは直線距離にして大宮と同じ位の距離だが、交通の便は比較にならない程悪い。 東京へ直結する路線は無く、最短経路は岩槻駅と浦和美園駅を結ぶバス路線(国際興業・岩11-3)に乗り、埼玉高速鉄道に乗り継ぐ方法のみだ。 群馬県から岩槻、浦和と配送へ向かうことが多々ある著者。群馬県に隣接する加須市

        • 『特集・2024』“特殊”概念が掘り続けた穴 Vol.1

          違法は悪? 「守られない法律」が持つ力は重いと思う 日本の秩序は憲法を頂点とした法に守られる。法を盾に警察は犯罪を取り締まるし、人間の最大欲求である「やりたい放題」を押さえつけるのも同様だ。 ただ、人口は1億人超え、全国津々浦々を穴無く監視するのは全国にネットワークを張り巡らせる司法機関であっても不可能に近い。 そして、何より厄介なのが多勢に無勢な生物界の悪しき現状。 民主主義が悪なのか、それとも拡大解釈がすぎるのかは判断が難しいところではあるが、何でも多数決に巻かれて

        西尾潤著「マルチの子」で考えさせられたことVol.2 N.T君の詭弁

          『轍』Lev.3 「地下鉄7号線(SR)延伸問題の深層」 Vol.1 2つのさいたま(西側編)

          「さいたま新都心」構想がもたらした浦和の分断埼玉県の県庁所在地はさいたま市。 国道17号「新大宮バイパス」を起点から走ると、やがて首都高与野出入口が出現する。 現段階では埼玉大宮線(S5)の暫定終点となっていて、将来的には上尾道路の高速部として圏央道とつながる構想がある。 “与野”出入口や埼玉“大宮”線の地名は与野市、大宮市から引き継いだもの。大宮は「さいたま市大宮区」として大宮駅周辺の地名として残るが、与野に関しては残らなかった。 2001年5月に与野市、大宮市、浦和

          『轍』Lev.3 「地下鉄7号線(SR)延伸問題の深層」 Vol.1 2つのさいたま(西側編)

          西尾潤著「マルチの子」で考えさせられたこと Vol.1 私の実体験から

          友人N.T君へ“谷川岳で星が見たい”で水上の奥地へ… マルチって、やってる本人に誇りはないと思う。だけど一方で、本気になって取り組んでいるのも表情やトークで感じるのだ。 もうあれから2年が経過する。 友人のN.T君から勧められた50万円の「EA作成ツール」。専門学校から大手私鉄会社へ入った彼だったが、日本の歪んだ賃金構造が将来を不安にさせたのかもしれない。 彼らが展開する“構想”は、同じツールで稼ぐ人達で1つの経済圏を作っていくというもの。ただ、彼らは泰明期を言い訳に

          西尾潤著「マルチの子」で考えさせられたこと Vol.1 私の実体験から

          『轍』Lev.2-1 前言撤回Vol.2 

          難事業だったC2 “1”の背負う重荷はキツイよ 練馬線建設の機運が高まるきっかけとなった路線がある。 首都高中央環状線(C2)。 都心環状線(C1)から8km圏を環状に結ぶ路線で、(ほぼ千葉の)江戸川区葛西JCTと(羽田空港目の前の)品川区大井JCTを結ぶ。 C1と接続していた枝路線も、C2の開通によって渋滞の形が大きく変わった。ただ、所詮は後付で、常識外れの構造や元ある出入口の改築で対応している場所が多く、通行台数+αで渋滞が深刻である。 多摩地域を通る圏央道より更

          『轍』Lev.2 前言撤回Vol.1

          現在進行中の壮大な道路事業以前、関越道と首都高がつながっていない問題を取り上げたことがある。 関越道がぷっつりと途切れる練馬区三原台の地。この間久しぶりに目白通りで練馬ICまで走ってみたが、独特な雰囲気がある。 他の高速道路のように首都高を辿っていけば辿り着く“1”のICとは違い、目白通りのど真ん中に突然現れる。 関越道が孤立状態だと言われる所以は、そんなことだったりする。 大物に化ける前の姿関越道が一体どんな歴史を歩んできたのか。 開通日翌日(1971年12月21日

          『轍』Lev.1 首都高晴海線(晴海〜新富町)早期実現に向けて Vol.1

          都心環状線は“梗塞”道路“日本橋に青空を取り戻す” そんなスローガンの下で行われている、首都高日本橋地区の地下化事業。それが未完の高速道路が繋がる伏線になればいいのだが‥。 結局問題になっているのは“都心”なのだ。 既に都市化された都心で高速道路を完成させることが如何に難しいのかは、実際に走るとすぐにわかる。 東名や中央道、東北道のように東京近郊から延びる路線は、都心環状線から枝線でつながっている。オリンピックを目前に控えた1962年12月に都環の京橋(中央区)〜汐留(港

          『轍』Lev.1 首都高晴海線(晴海〜新富町)早期実現に向けて Vol.1

          YouTubeはじめました 

          昨日16日で25歳の誕生日を迎えました。 1つ歳をとり、30代が近付いていることを意識します。 と言うわけで、鉄道、運送と転職しながら新しいことに挑戦してきた(=良く言えば)20代にもう一つ付け加えて… YouTubeはじめました❗ 皆さん、よろしくお願いします❗

          『折れたポール』(首都圏篇)Vol.1 高速練馬線計画と外環道

          関越道は練馬で終わっている。 東北、常磐、東関東道方面を放射状につなぐ東京外環道とは大泉JCTで接続しているものの、直接首都高と往き来はできない。 外環道を経由すればいいのだが、一番近い池袋線までの大泉料金所~美女木間でもETCで430円、現金で1040円かかる(普通車)。練馬ICを下りた先は目白通り、そこからすぐの交差点で環八にぶつかる。東名まで行くには外環がない以上環八南下しか手段がないが、首都高までは料金がかかるとは言え外環があるし…。 首都高は高い 最近、ETC

          『折れたポール』(首都圏篇)Vol.1 高速練馬線計画と外環道

          『折れたポール』(外環篇)Vol.2 外環の真実in埼玉 1round

          "和光インター線っていうんなら、外環横真っ直ぐ抜けろよ❗" それがそうもいかない事情があったはず。 外環の開通にどれ程の苦労があったのか、一度走ってみれば分かる。歴史を辿れば、既に開通した高谷・和光間(専用部は大泉)は計画期を入れればもう60年選手なのだ。 開通を報じる朝日新聞の記事から 三郷JCT~和光ICは、1992年11月27日に開通。 一般部となる国道298号も同時に供用開始となった。 その前日、11月26日の朝日新聞では次に様に報じられた。 特筆すべきは、最

          『折れたポール』(外環篇)Vol.2 外環の真実in埼玉 1round

          『折れたポール』(外環篇)Vol.1 外環計画の深層 

          外環一般部が和光止まりの理由分析0キロポストの場所 外環道とぴったり並行して走る国道298号は、古くからの街道が国道に昇格したわけでなければ、旧道に対するバイパスでもない。 "外環"計画そのものが、自動車専用道路と一般部・国道298号の一体なのだ。制限速度は60kmだが、立体交差部が多く渋滞時以外はそれを上回る速度で流れている。 始点は埼玉県和光市新倉の国道254号「和光富士見BP」との交差点。三郷方面への和光北ICの入口付近には、0キロポストが立つ。 外環は大泉まで

          『折れたポール』(外環篇)Vol.1 外環計画の深層 

          『折れたポール』(関西篇)Vol.1 国道25号"非名阪"の景色

          非名阪との出会い"非名阪"って特別なの? 三重と奈良の県境に架かっていた(旧)五月橋と、奈良県側に経っていた錆び錆びの国道標識(おにぎり形+茶色く錆びる=焼おにぎり)の光景が象徴だった国道25号の非名阪区間。 非名阪という表現は、25号には「名阪国道」というバイパス(自動車専用道路)があり、その旧道にあたる道路の国道指定が外れていないことから来る。 「25」という国道番号に、3桁国道でも問題視されるような狭い区間が連続するため、そんなギャップが興味を惹き付けてくる。 私

          『折れたポール』(関西篇)Vol.1 国道25号"非名阪"の景色

          『折れたポール』(全国篇)Vol.1 私の自己紹介

          小学校高学年位から高校入学にかけて、"地元の今と昔"に強い関心を持って、史跡や昔の写真の場所を探したりしていました。 白黒写真が好きで、"トキワ荘のあった街"を歩いて見たり、西武線「上がり屋敷駅」の舎跡を探したり、時には戦争の歴史に触れてみたり。そんな趣味の中で発見した最も大きな収穫物は、「跡は消えない」という事実。 私は東京を離れて暮らして5年が経ちますが、時々戻って歩いてみれば、所々で一変した風景がありました。でもさっきの例で考えれば、トキワ荘が取り壊されてから25年以

          『折れたポール』(全国篇)Vol.1 私の自己紹介