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カナダで起きた MeToo 事件 - Nothing But the Truth

アメリカの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインシュタインに対し、何人もの女優たちが声を上げ、MeToo運動が起き、ワインシュタインは失墜し、罪に問われた。2017年のことだ。

それに先駆け、2014年、カナダではCBCの人気ラジオパーソナリティ、ジャン・ゴメシが3人の女性に性暴力で訴えられ、即時CBCから解雇され、社会的制裁を受けた。ただ、ワインシュタインの場合とは違い、ゴメシはすべての訴えに対して無罪になった。もちろん、その判決に納得する女性は少なかったし、何より、無罪に導いた弁護士が女性だったことが物議を醸した。

彼女の名前は、マリー・ヘナイン。カナダでは有名な辣腕弁護士で、いつも弁護士っぽくはないファッションで身を包んでいるので、トロントの街を歩いていると、彼女だとすぐわかる。

当然、マリーへのバッシングもすごかった。裁判が終わっても彼女はCBCのインタビューを除き、沈黙を貫いた。「本人が話すことであり、私が話すことではない」と言って。

私はずっと彼女のことが気になっていた。世の中の女性を敵に回しても、性犯罪を犯したと言われている著名な男性たちを弁護するのはなぜだろう。彼女が救った男性はゴメシに限らない。高額な報酬が目当て? 名声欲? ただ男たちが彼女に弁護してくれと依頼してきたから?

2021年、長い沈黙を破って彼女は自叙伝を出した。タイトルは『Nothing But the Truth』。私はすぐに買って何度か読み返した。エジプト/レバノンから幼い頃にカナダに移民した「家族の話」、女性蔑視の傾向が強い中東の文化で育った子どもの頃、そして弁護士になるまでの「おきまり」の話から始まるが、後半は法律や人権について話がおよぶ。マリーは相変わらず、ゴメシ訴訟には明言を避けているが、重要なことをいくつか述べている。

「法廷には女性判事もいる。女性判事が女性原告に不利な判決を言い渡しても、バッシングはされない。でも女性弁護士はバッシングされる。それはなぜなのか。弁護士は法律を作るわけではない。男性によって作られた法律や司法制度に問題があるならば、それこそ女性が社会進出をしなければ、制度は変えられない」

「一般の人は基本的人権を普段は意識しない。誰かが<あいつは罪を犯した>と警察に届け出したときになってはじめて、基本的人権のありがたさを知る。そして弁護士のところに救いを求めてやってくる。弁護士は被告の基本的人権を守るためにいる」

「(ゴメシの)訴訟に関して、日和見主義的な政治家が勝手なことを言う。そういう政治家には気をつけるべき」

この自叙伝が出たときも、マリーへのバッシングは再燃した。

社会を揺るがす事件や訴訟があると、世間は勝手に「こういう判決が出てほしい、出るべきだ」と思い込む。その気持ちはわかるけれど、必ずしも世間の思いどおりにはならない。「法の裁き」は弁護士の力量にも左右されるし、社会的制裁とは違うのだとしみじみと思い知らさせる。

最近になって、映画監督で女優でもあるサラ・ポーリーが、「私もゴメシに性暴力を受けたから、あのときの3人の女性側に立って声を上げればよかった」と表明した。しかし、サラは周囲の助言にしたがって、女性側を擁護しなかったのだ。裁判当時から言われていたことだが、原告の女性たちには、しっかりとした法律の助言を与えてくれる人が周囲におらず、それが「証拠不十分」につながった。著名人のサラ・ポーリーに助言を与えた人はどういう人たちだったのだろうか。

ゴメシ事件は、ワインシュタインの場合とは違い、その権力も小さく、もっとグレーゾーンだった。見た目にかっこよくて、どの女性も最初は彼のことが好きだった。しばらく彼と付き合ううちに暴力を受けたのだ。ゴメシが女性を大切に扱わない人間なのは誰の目にも明らかであっても、証拠不十分になってしまった。原告の女性たちには申し訳ないが、カナダ社会が今もゴメシを表立って社会復帰させていないことで、十分な罰を与えていると私は思う。でも、もしもカナダ社会がそういう強い態度を示さなかったら、原告の女性たちは踏んだり蹴ったりだったかもしれない。

マリーの言い分に同意できる部分もある。長くてまどろっこしい道でも、もっと女性が社会進出し、社会を「作る」側にならなければ。とはいえ、隣の国アメリカの最高裁の女性判事たちを見ていると、ルース・べーダー・ギンズバーグのような先進的な人が出てきたかと思えば、エイミー・コニー・バレットのような保守の人が選ばれたりと、女性だからというだけで意見がまとまるわけでもない…… おそらくそれが自然なのだろうけど、また私の頭は延々とループするのだった。

この本は、特に刑事法を専門に弁護士を目指す女性には、参考になることも多いと思う。本当はずっと前にレジュメを書こうと思ったが、カナダ以外の国に住んでいる人には響くものがないかも?と思って書かなかった。興味がある人がいたら、レジュメ書きます。

Penguin Random House Canada の Signal から。304ページ。
ISBN: 9780771039362


私も彼女をトロントのある劇場で見かけたことがありますが、いつもこの表紙のような恰好をしています。









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