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京子先生の教室4「おまえだけ自由に踊れ」

 教室は、子どもの集団と言えど1つの組織です。そこには会社の組織と同じように、目標があり、リーダーがいて、チームワークが必要です。
 今回は頼りになるリーダーの下、個々を大切にしながら、チームワークを発揮し、見事目標を達成した4年生男子のお話です。


 体育の時間です。今、やっている学習はダンス。4年2組の男子は、1つのチームになって、「嵐」の曲に合わせカッコよくダンスを踊ります。

 とは言え、このダンスは、一つ一つの動きも、16人の隊形も、全部自分たちで考えてつくる創作ダンスです。

 最終目標は授業参観でお父さんやお母さんの前で踊ることです。世の中のダンスブームにのっかり、子ども達はノリノリで楽しんでいます。

「ここではさあ、みんな一瞬ピシッと動きを止めて決めようぜ。その後、下田君の列がだんだん前に出てくるってのはどう?」

リーダーの山口君が提案します。すると、もう1人のリーダーの谷本君が

「いいんじゃない。ここから隊形がかわっていくと面白いと思う。」

と答えます。みんなも

「賛成!」「いいと思う。」

こうやってダンスができていきます。

 この2人のリーダーは絶妙な関係でした。1番前に立つのは山口リーダーです。でも、谷本リーダーも、山口君の考えが自分と違うと思った時は、自分の意見をはっきり山口君に伝える人です。山口君の参謀的な立ち位置を持つ谷本君の存在は、男子チームを引きしめます。この2人が4年2組をひぱっているリーダーです。先生は全幅の信頼を寄せ、できる事は2人に任せるようにしています。

 
  さてここでもう1人、個性豊かな杉山君を紹介します。
杉山君は本を読むのが大好きです。その豊富な知識は先生も脱帽です。少々こだわりが強い面を持っています。理論的な思考が得意なので、理科の実験で予想を立てたり、結果を導いたり、まとめたりすることが大好きで得意です。その力はみんなも認めています。

 ただ、好きで得意のあまり、周りの友だちが見えなくなることがあります。理科のグループ実験が始まると、自分がやりたくて仕方がないので、全部の実験を1人でやってしまおうとするのです。思い通りにならないと、ちょっとストレスがたまって、不安定な気持ちになり、機嫌が悪くなったりもします。そんな杉山君の個性をみんなもよくわかっているので、やさしく声をかけたり見守ったりしてくれます。そして、そこに出てくるのがリーダーの山口君や谷本君です。

「杉山、実験はみんなもしたいとぞ。自分ばっかりするな。お前はアルコールランプに火をつけるところまでしろ。それからは、次の人がしよう。いいね。」
「えー、・・・・・。うん、わかった。」

 杉山君は不本意ですが、そこは山口君が話すと受け入れてくれます。杉山君も山口君や谷本君には一目置いているのです。山口君の声掛けで、みんなもやりたかった実験を平等に交代ですることができました。これでみんな一緒です。みんなにっこりです。参謀の山本君も『うん、うん』とうなずいてこの場を見届けます。いつも、こんな感じです。

 さて、ダンスの授業にもどりましょう。
 個性豊かな杉山君、踊ることは楽しんでいます。ただ、みんなと同じ振付けをすることや、隊形を整え動きをそろえることが、どうも苦手でストレスを感じているようなのです。顔がイライラしている時もあります。

 次のダンスの話し合いの時こんな会話が聞こえて来ました。

「杉山、おまえは自分がやりたいように、おまえだけ自由に踊れ。その方が杉山は楽しいと思う。みんな、どう思う。」

山口君が提案しました。みんなは、
「いいんじゃない。」「それが、杉山君のためかもね。」
それを聞いた谷本君が

「杉山はどう?」

「ぼくはその方がいい。自由に踊りたい。」

 この話し合いの結果、15人の男子が決められた振付けで隊形を整えて踊る中、杉山君は自分が思うように自由に動き回って踊ることになりました。

『いったいどんなダンスになるんだろう?』

 京子先生はちょっと不安でしたが、山口君たちがイメージしているダンスを信じて、成り行きを黙って見守りました。

 練習が始まりました。見ていると、みんながそろって踊る中、杉山君は体をゆらゆら揺らしながら全く違う動きで、自由に踊っています。
 京子先生は『あの動きが杉山君の自己表現ね。可愛い。』とクスッと笑ってしまいました。

「杉山、もっと前に出てくるときがあっていいよ。」
「うん」とうなずきながら、杉山君は曲に合わせて中央の前面に出てきます。もちろん自分の振付けで・・・。しばらく踊った後、後ろに下がります。そして、みんなの中をジグザグに動いたり、端っこで一人踊ったりして、今までにない伸び伸びとした動きをしています。でも、顔は真剣です。だって、一人目立って、責任重大ですものね。

 15人の男子と1人で踊る杉山君のアンバランス感。それが京子先生には微笑ましく、心があったかくなりました。『みんな本当にありがとう。』そう思いました。   

 全員が楽しく踊れる環境を自分たちの手で作り上げた事は、互いをしっかり理解し、思いやっている結果だと思うのです。

 
 
 授業参観当日。これまでの練習の成果の発表です。
 15人は息を合わせながら元気に踊ります。その間を、互いにぶつからないように気をつけながら、杉山君が自由に動き回ります。お父さんお母さんたちも微笑みながら見てらっしゃいました。

 「ジャーン」音楽が終わって最後の決めのポーズをとった時、16人の顔は達成感でいっぱいでした。大きな大きな拍手に包まれました。杉山君もハアハア息をしながら輝いて見えました。そして、その姿を見ていた杉山君のお母さんは、微笑みながら目にうっすらと涙を浮かべてらっしゃいました。

 

 力のあるリーダーの下、何が大切な事なのかみんなで理解し、力を合わせて目標に向かい、達成する。教室の中では、このサイクルを持った活動がたくさん行われています。こんな場面に一緒に立ち会えて、教師って幸せ者です。

                              おしまい


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