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『町田くんの世界』 安藤ゆき

あぁ、恋に落ちるってこういうことだ。世界に私と彼しかいなくなって、その間に存在するものがない。だから無防備な自分になる。えっ、不安・・・でも、何だろう、戸惑いだけでなくて高揚感もあって・・・と最初のエピソードでがっつり町田くんに恋をしたのは、彼が私好みのメガネ男子だっただけではない。

町田くんがどういう人かを知らない人に説明しよう。大家族の長男の高校生だ。勉強もできないし運動もできない。料理もできない。ここまでは全然好きになる要素はない。でも彼は類い稀な人。人の細かいことに気づき、そしてそれをさっと行動に移す。なんの照れも、ためらいも、打算もなく。例えば、誰かの努力をなんとはなしに見ていて、それを口に出して褒める。拗ねている人がいたら「君は大事な人だ」と言う。それが異性で、恋人でもなかったとしても。当然モテるが、その実感はないし、根本的にずれているところがあるから、もどかしいところもあるんだけれど。一話でいいから読めばわかる!彼はいい人だ、そして好きになる。平たく言えば「他に取り柄のない、信頼できるただのいい人。」でもそれって一番大切なことだ。

同じ少女漫画の『俺物語』は男にだけ慕われる男子高校生だったけれど、町田くんは同性にも異性にも、年上にも年下にも好かれる。全方位対応なのに八方美人感は全くない。『花より団子』の男子たちはお金持ちでイケメン、しかも複数人数だった。かつての少女漫画のヒーローは運動能力など秀でたところがあったり、ワルでみんなに怖がられているけれどヒロインは優しい人だと見抜いている、といった「人とは違う」感じだったのに、町田くんはニュータイプ。凡庸だけど、敵がいなくてみんなに好かれている人。周りのお墨付きもある彼の一番は私、って最高か。フォアグラじゃなくて、どんなおかずとも相性の良い、超絶美味しい白米に注目が集まる時代なんじゃないか。

そんな新時代のヒロインは猪原さん。町田くんの特別な人になれる彼女がほんっとうに羨ましかったし、実にかわいかった。これも「今だなあ」と思うのが、過去に傷があって人が怖くなっているということ。傷ついたことのない人なんかいないから感情移入したくなる。そんなひねくれていた女の子が、町田くんの素直さに触れて、だんだんと素直になっていく。その様子が本当に可愛い。素直な女の子ってキラキラしてて尊い、と思うほど。町田くんにしても、猪原さんにしても、すごく個性的というわけではない子たちが、エピソードや表情でリアルな、そして共感できる「一人の人間」になっている。すごい。7巻で完結しているのも絶妙な長さだと思う。

これは、お盆休みに実家に行ったら70手前の母が貸してくれたもの。「お母さん、センスいいな・・・」と思った。(そして彼女は友人から借りた『夏目友人帳』を読んでいた)

漫画268-274 町田くんの世界


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