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『ライオンのおやつ』 小川糸

人は死ぬ。私は今のところ、特に長生きをしたいと思っていない。痛いのと苦しいのが嫌だから、それさえなければいい。でも、実際に今、余命を突き付けられたら、間違いなく動揺し、嘆く。

私より若いにも関わらず、余命を告げられた主人公の雫さんは残りの日々を過ごすために瀬戸内海にあるホスピスへと向かう。このホスピスでは毎週日曜日に「ゲスト」がリクエストしたおやつが、そのエピソードとともにふるまわれる。

昨年末に身近な人を亡くし、自分は今年2月に子宮筋腫の手術をしたので、色々と振りかえりながら読んだ。彼女からホスピスの下見にいった話を聞いたし、実際に入院もしていたけれどどんな気持ちだったんだろう。そして私もちょっと何かが違っていたら、筋腫じゃなくてこうなっていたかもしれない。読み始めのころは雫さんを他人として「彼女は本当に亡くなるのかな、悲しいな」と客観視していたが、読み進み彼女の過去や人柄を知るにつれ、思い入れが深くなっていく。やがて刻刻と変わっていく心の動きや、制限されていく体が自分ごとのように感じられるようになっていく。そして、死を迎える。

このホスピスは、海や豊かな自然に囲まれ、おいしい食事と温かいスタッフがそろった理想の場所である。私もここで息をひきとりたいと思うほど。ちょうど小川糸さんのエッセイ『針と糸』を少し前に読んでいて、心に残ったことがある。「人間としてこの世界に生きていくのはしんどい」というような箇所があったのだ。お釈迦様も「人生は苦」というように、私もなかなかしんどいなあ、と思っているタイプなので、小川さんもそう感じていることにほっとした。

雫さんは一切「かわいそう」には書かれていない。もちろん、まだ若いから死ぬのはかわいそうかもしれない。お金持ちだとか温かい家族に見守られるといった、いわゆる恵まれた状況ではないから、かわいそうかもしれない。(逆に最愛の婚約者がいるのに、という環境でもない)彼女は悲劇のヒロインに仕立てることができる設定を持っている。でも、小川さんは雫さんも、死を迎える人も、残る人…とどんな人に対してもフラットだ。美化もしないし、非難したりもしない。ただ、細かいところまで丁寧に見つめていて、あるがままに映し出す。神様はそういうものかもしれない、と今この文章を書きながら思う。

メメント・モリ、死を忘ることなかれ、という言葉があるけれど、生きていると「人は死ぬ」ということを忘れる。そしてそればっかりも考えていられない。限られた時間でも、胸にせまるような体験が、それを呼び起こす。『ライオンのおやつ』というかわいらしいタイトルの本でありながら、しっかりと胸の奥に届く本。

182.『ライオンのおやつ』 小川糸


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2020年読んだマンガ(更新中)
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2019年読んだマンガ:86冊
2018年読んだ本:77冊
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#ライオンのおやつ #小川糸 #小説 #読書   #読書感想文

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