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『板谷バカ三代』 ゲッツ板谷

その訃報を知ったのは大晦日。
実家に帰ろうと身支度をしていた私はベッドに腰掛けてぼんやりした。あけみさんが亡くなった。亡くなっていた。あーそうかー……そうだ、あれ開けよう。今が開ける時だ…と彼女にもらっていた袋を開けて出てきたのがこの本。何だよう、もう。なんで『置かれた場所で咲きなさい』みたいな本じゃないんだ。あんなに気を持たせることを袋に書いたくせに。そういえば、彼女と最初に会った時も、あの人はゲッツ板谷が肛門に鯉を入れる話をしていた。私はこの気持ちをどうしたらいいのだろう。とりあえずカバンにこの本を突っ込んで実家に向かうことにした。

あけみさんは、約20年に渡り「クワランカ・カフェ」というオシャレなお店を運営していたオーナーである。末期がんが発覚し、ちょうど1年前の2018年大晦日に閉店した。私が彼女を知ったのは2018年のらっきょうを漬ける季節だから、彼女を知ってから1年半くらいにしかならない。でも、彼女にはとてつもなく影響を受けた。このカフェを通じ、色々な人に出会い、手芸のワークショップやイベントを始めさせてもらい、彼女とマンガの貸し借りをし、ウクレレを一緒に習い、そして一緒にお店に立たせてもらったこともあった。私は彼女と最後にどんなやりとりをしたっけ?とLINEを開く。11月13日。ホスピスにお見舞いに行った日。午前休でお見舞いに行った私に、「会社、遅刻しなかった?」と連絡をくれていた。その時のやりとりで、私は「あけみさんに感謝していること」を全部書いていた。あの時の私、よくやった。自己満足だけど、伝えられてよかった。

この本はライターのゲッツ板谷の祖母、父(ケンちゃん)、セージ(弟)による凄まじいバカエピソードが集められた本である。バアさんは木の枝を真っ直ぐに育てるため枝に石をぶら下げ、(風が吹くと石同士が当たって音がする)、ケンちゃんは火炎放射器で自分の家を全焼させ、セージは立川のヤンキーで喧嘩っ早く、仕返しをしようとしても相手を忘れたりする。あけみさんが書いた「電車の内では読まないでください」は涙が出るくらいいい話の本だからではなく、あまりにバカバカしくて吹き出すからだということがわかった。ちなみに巻末にはよしもとばなな、矢井田瞳、ピエール瀧からのメッセージが寄せられた豪華な本。

…あけみさん…なぜ…。この本をきっかけに、疑問や彼女の性格が湧き上がり、悲しみに浸りきることができなくなった。改めて彼女を思い浮かべる。「あの人、絶対今楽しんでるわ」と思う。私とあけみさんは『ムー』的なことやスピリチュアルが好きで、そこらへんの話をよくしていた。特に宇宙の話が好きだったあけみさんは、肉体から解き放たれ、死後の世界というか、あの世というかAnother Worldに関する数々の謎を明らかにし、あの溢れんばかりの好奇心で探索をしているに違いない。音楽が好きだったから、清志郎やジョン・レノンをはじめ、亡きミュージシャンたちにグイグイ話しかけ愛を語っているに違いない。絶対に。あけみさんを通じて知り合った友人も「すごい勢いで楽しんでる気がする」とのこと。…あれ、最高じゃない?私も死後の世界に興味があるから、あっちへ行ったら彼女にガイドをしてもらおう。目一杯のお土産話を持って、またくだらない話をするんだ。

訃報を知った夕方、とぼとぼと駅を歩いていたら、駅の反対側に住む友人が私をたまたま見つけてくれて話を聞いてくれた。彼女と偶然会った事なんてなかったのに。あれもあけみさんの采配に違いない。私の2月の子宮筋腫の手術には「今度は私がお見舞いに行くからね」と言っていたよね。四十九日も過ぎてないから、まだこの辺にいるだろうし来てくれるよね。怖くない形でサインを出してくれないかなあ。なんか証拠ができたら、『ムー』に投稿するからさ。ちょっと頑張って。

彼女には「安らかに眠れ」という言葉がしっくりこない。存分にあっちの世界で楽しんでほしい。留学するような、旅に出たような彼女にしっくりくる言葉は「いってらっしゃい。」そして「また会いましょう。」愛を込めて。

154.『板谷バカ三代』 ゲッツ板谷

●クワランカ・カフェにて



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