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『へろへろ ー雑誌「ヨレヨレ」と「宅老所よりあい」の人々』 鹿子裕文

この本は有名コンサル会社とか投資銀行出身といった百戦錬磨のビジネスパーソンによるスタートアップの話ではない。ユニークなアイデアをSNSで拡散して「いいね!」と資金を集めて実現したクラウドファンディングのお話でもない。お金も権力もない福岡の老人介護施設「よりあい」の人々(普通のおばちゃんとか)が、森を見つけ、その土地を獲得し特別養護老人ホームを作るまでのお話。この『へろへろ』を私はニヤニヤ、おろおろ、うるうるしながら読んだ。

「よりあい」の始まりはある一人の強烈なばあさま。気骨のある明治女は、毅然としながら惚ける。風呂に入らない、下も垂れ流し、ガスコンロで暖をとるのでマンションでボヤ騒ぎを起こす。彼女を説得しようとした者はすべて返り討ち。そこで声がかかったのが一風変わった介護専門職の下村恵美子。誰もが手を焼く「とてつもないばあさま」がいると胸が高鳴り、その顔を拝まなければ気が済まない。目に染みるほどの悪臭の中で徐々に関係を築き、お寺で老人たちが集まるよりあいが始まり、それが特別養護老人ホームに繋がっていく。

彼女たちは資金を集めるために、講演をし、バザーを開き、ジャムを作り、夏祭りで光るおもちゃを売り、ペットボトルなどで作った募金箱を色々なところに置かせてもらう。TV番組のオファーがあっても「世の中には、もらっていいお金と、もらっちゃいかんお金がある!」と断りながら。

下村さんはじめ、代表の村瀬孝生さん、職員たち、世話人のおばちゃんたち、(ぼけてる)ご老人たちが、実にチャーミング。仕事干されっ子編集者の鹿子さんが、一緒に汗まみれになって、寒さに震えながら、身もふたもない愛ある文章で彼らについて書く。ちなみに下村さんは、鹿子さんに「ちんちんライダー」になるよう提案したり、イベントではバリバリの仮装をして歌を歌ったり、詩人谷川俊太郎さんのセクシーな尻を激写していたら仲良くなって仲間にしてしまうような、どうかしている魅力溢れるお人だ。舞台が福岡だから、彼女たちが話すのは福岡弁?博多弁?で、とっても温かく感じる。

普通なんだけど普通じゃない人たちによる最高にロックな実話。ハードカバーと文庫本が出ているのだけれど、その後についての「長いあとがき」が付いている文庫本をぜひ。小さな文庫本に、笑いと愛と涙と、そして希望が詰まっている。

132 へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々


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