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「花屋日記」8. 人見知り矯正ギプス。

 しかし念願の花屋で働き始めたものの、花を触る機会は下処理以外ほとんどもらえなかった。新人の私がすることはほぼ接客で、実際の「作り(オーダーブーケやアレンジメントの作成)」はほかのスタッフにバトンタッチしなくてはならない。働く前は「黙々と花の作業ができれば嬉しい」と勝手に思っていたが、そうはいかなかった。まずはオーダーを完璧に取ることができないと、その先には進めないのだ。

 もともと人見知りな私にとって毎日大勢の人と会話するのは、想像以上に辛い仕事だった。こんなことならやめておけばよかったと思ったくらいだ。ビクビクしながらお声がけするから、余計にうまくいかない。お客様と人間らしい会話ができるまで、どれだけ時間がかかったことだろう。店長からは日々叱られ、お客様からのアンケートにも厳しいコメントを書かれたりした。

 やがて悩み悩んだ末に思いついたのは「とにかくどんな人にもこちらから話しかけてみる」という自分なりの修行を始めることだった。まずは、無口でぶっきらぼうな清掃員のおばさんに
「いつも綺麗にしていただいてありがとうございます」
と恐る恐る声をかけてみた。するとそれ以来、接し方が優しくなり「本当は店舗に貸しちゃいけないモップ」なども特別に融通してくれたりした。他にも、強面のセキュリティのおじさんに挨拶を続けたらいつの間にか
「あんたの店のチューリップ、可愛いなあ」
なんて雑談をしてくれるようになった。みんな黙っていると怖そうに見えるだけで、話してみればそうではなかったのだ。
 そうして回数を重ねるうちに、街ですれ違う誰かや、道を尋ねてくる観光客もみんな「血の通った人間」だと実感として分かってきた。だから接客だからと意識しすぎずに、お客様とも個人同士で会話すればきっとうまくいく。何ヶ月かの末、やっと私はそう思えるようになった。

 しばらく経ったある日、店が所属する商業施設から「接客覆面調査」の結果が発表された。対象になったのはよりによって私の接客だという。そんな恐ろしい調査が定期的に行われるなんてまったく知らなかったし、点数が付けられると聞いて私は震え上がった。だが蓋を開けてみれば、なんと100店舗のうち1位という結果。
「正しい言葉遣いで、程よいフレンドリーさもあったが、なれなれしさはなかった」
という評価をもらい、私は心から驚いた。ずっと人見知りで偏屈だった私自身が、そんなふうに見てもらえるなんて。

 もう何もかもが終わったような気がしていたけれど、私はもしかして、まだ変わっていけるの?

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