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カナブン物語

今でこそ人間ではあるが
昔、俺たちはカナブンだった
そう強い昆虫ではない

子供たちが仕掛けた罠で
樹液を吸っていて
まんまとひっかかり捕縛されても
がっかりされた上に開放される
「なんだ・・カナブンかよ」

飼育されることもなく
リリースされる

こっちも捕まりたくて
捕まったわけでもないのに
いつだってがっかりされるのだ

来世はせめて
小型でいいのでクワガタになりたい
そんな願いは確かにあった。

そんなことを漠然と思っていたある日
凶報がもたらされた。

「ヒタブンがやられた」
『人間にやられたのか?』
「いや、カブトムシだ」

犯人はカブトムシだ!
酔ったカブトムシの雄に
雌と勘違いされてしまい
襲われたらしい。

『命は無事なのか?』

「命は無事だが尻がな」

『尻がどうした?』

「もう破壊されて、年中垂れ流しだ
   精神もだいぶやられている」

最後にヒタブンにあったのは3日前だ。
俺たちはひと夏で死ぬから
人間でいうところの3日前は
3年に相当する

『どこで入院しているんだ?』
「カナブン中央病院だ」

さっそくお見舞いにいくことにした
体中に包帯を巻いていて彼と目が合った。

こんな時はなんて声をかけたらよいのか
彼は俺に気づいたはずだが目をそらした

わかるよ。辛いんだよな
友の心情を想えば胸が張り裂けそうだ

変わり果てた姿というのだろうか
ヒタブンは万能タイプだった
勉強もできるしスポーツもできた。

いわば文武両道で
俺達カナブンにとってヒタブンは憧れだった
そしてそんな凄いカナブンなのに
冗談も面白くて明るくて
正義と慈愛にあふれていて
だから、みんな尊敬していた
俺達カナブンの期待の星だったんだ

そんなヒタブンが
見るも無残な姿になっている
かつて目をキラキラ
輝かせていた彼の面影は無かった・・・

「おお、きゃらブンか、ごめん気づかなかった」
嘘をついている。さっき目があった。
そんなことはヒタブンもわかっているはずだ
だけどそんな小さな嘘を吐くしかないくらい
やりきれないのだろうな。

なかなか会話をする気には
なれなくなったんだな

胸が張り裂けそうだ

「カブトムシにな」

『うん』

それ以上、何も言わなくていいよ。
カブトムシに尻を掘られて
木端みじんに破壊されたんだろう
下腹部を

「俺はもうカナブンとはいえないな」
おいそんな事いうなよヒタブン!
お前は立派なカナブンだよ
誰よりも誇り高いカナブンだ!!

すくなくとも俺の中で
お前は永遠のアイドルカナブンだ!!

「芳江に別れを告げたんだ」

芳江とは雌カナブンの芳江だ
彼女もまた学園のアイドルだった。
誰もが羨むカップルっているだろう

芳江は性格も良く明るくそして優しい
ヒタブンも知っていることだが
俺も若いころは彼女に熱を上げた

そして告白もしたけど
だけどヒタブンが好きで
振られてしまった

俺が振られたときは
二人は付き合っていなかった
振られた時に芳江の気持ちを知り
俺がヒタブンに伝えたんだ。
いわば三枚目役のキューピットだな

だが、俺はお前に対してだけは
いつだって三枚目でいていいんだぜ
昔、樹液が少なくて空腹で死にそうなとき
やっとみつけた樹液には
既にカナブンがいて邪魔者扱い

だが、他のカナブンを叱って
仲間に入れてくれたのは
他ならぬヒタブンだった

ずっと育ちも悪く嫌われていた
俺を守ってくれた
俺は一生お前には頭が
あがらないんだヒタブン

『芳江はなんて?』

「遺伝残せないなら興味ないって」
そりゃその通りだな
お前下腹部ないものな

「あっさり別れを受け入れられた」
そりゃそうだよな。
人間的な感情は育たないよな
俺たちは昆虫だからなぁ
俺やお前はむしろ少数派だと思う

種の保全を前にしてはどんな正論も無力
俺達は特にその他に使命のない昆虫だ。
昆虫はやっぱり昆虫だよな

「もう俺は自分の羽で
 2度と飛ぶことはできないのかな」

誰の羽でも飛べないよな
紅の豚で言えばお前はただの豚だ
もう飛ぶことはできない

結構致命的な破壊のされようだからな
傷口ならふさがるだろうけど
もげたものは生えてはこないからなぁ
それでも生命力が高いのが俺達昆虫だ
だからヒタブンは死ねないでいる

苛酷に生きる事と苛酷に死ぬことと
果たしてどちらの方が残酷なのだろうか

「なぁ・・俺はまた飛べると思うかい?」

いや飛べないよね
それは無理だよね
普段のヒタブンならそんなことは
わかるだろうに

こんな時にかける言葉がみつからない

『また飛べると思うよ
 お前は不可能を可能にしてきた雄だ
 おまえならいける』

「本当にそう思うか?」

『ああ』

本当は思っていない
こいつはこのまま数日で死ぬかもしれない
だが適当な言葉がみつからない

「なぁまた来てくれないか?」

それはもう帰れってことかな?
もう疲れたってことなのかな?
独りで考えたい気持ちもあるだろうし
でも心なしか少し表情が明るいかな?

『明日も来ていいのかな?』
「ああ、ぜひ来てくれ」

俺は病室を出た。
すると芳江に話しかけられた。

「ねぇきゃらブンいいことしない?」
えっおいっちょぉ!おふっ!!

俺は芳江と関係を結んでしまった
彼氏の不能が彼女を変化させたのか
種は早いうちに残そうと考えたのかな

行為はあっという間に終わってしまった
俺は最速のカナブンとの異名を誇る
それは飛ぶ速度のことではなかった。
そのことは多くの雌カナブンを失望させた。
だが本筋とは関係のない話だ。

しかしヒタブンがこんなときに・・
罪悪感があったと言えば嘘になる
ただただラッキーだった
ラッキーーーー
今後はおこぼれきゃらブン
そんな異名でもいいかもしれない
そこは昆虫の性、モラルは関係ない

翌日ヒタブンは会ってくれなかった
ただ、1通手紙を渡された

「きゃらぶん
 芳江とはよかったかい?
 芳江には俺がお前の種をもらうように
 お願いしたらどうか?と言ったんだ
 お前なら、俺が認めた男だ
 だが、愛する者と行為をした
 お前がやっぱり羨ましくて
 今はお前が許せないんだ」

ヒタブン・・・
そうか・・そういうことだったんだな
俺はとてつもない罪悪感にさいなまれた
わけではなかった
昨日のまんま、ラッキー感がえぐかった。

昨日の芳江との行為を
思えばまた興奮してくるな
「ご飯は大盛でお願いしまーす」
なんとなくのことだ。

でもやっぱり気が済まない思いもあるので
ヒタブンの病室のドアをたたく
開けてくれ!ヒタブン!
『俺はお前に殴られたい!!』

何故か熱い雄に俺もなっていた
「開けるわけにはいかない
 それに俺はお前を殴るにも
 もう下腹部がないんだ・・
 力も入らない。どうかこのまま消えてくれ」

『ヒタブン、そんなことをいうなよ
 お前はそんな暗い奴じゃない
 こんなときこそ面白い話をするやつだろう?
 なーヒタブン!!」

ドンドンドンドンドン!
「もういい、行ってくれ」

ちょうどそこへ別のカナブンである
ヤスブンがやってきた

「今、狸が丘三本木中央でものすごく
 美味しい樹液がでてるぞ」


『まじか、直ぐ行こう』
速攻俺は飛び出した
他のカナブンよりも少しでも早く吸いたい

「いいんだ、きゃらブンもう行ってくれ」

「きゃらブン、気にするな
 俺が芳江に頼んだんだ
 お前が罪の意識を感じるな」

「きゃらぶん、だけど
 お前を何となく許せない俺を
 小者だと笑わないでくれ
 お前に笑われるのだけは耐えきれない」

「きゃらブン、さっきから返事がないけど
 まさかいないのか?」

「おい、きゃらブン
 芳江とやらせてやったんだぞ」

「おい、きゃらブン
 俺が悪かった・・もう俺を皆
 見捨てて実は話し相手がいないんだ」

「おいっきゃらブン・・恰好つけたのは
 あやまるよ」

「おい、きゃらブン戻ってきてくれ~~」
「・・・・きゃらブン・・・・」

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『美味しいなこの樹液。最高じゃん』


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