不器用な兄妹を思い出に重ねる
わたしたちは広い海に浮かぶちっぽけな一艘の舟のように頼りない。それでもまずは漕ぎ出さねば、海を渡りきることはできない。(p.208)
「ガラスの海を渡る舟」を読んだのは、表紙が印象的だったのともう一つ、兄妹間の繋がりを描いた物語だったからだ。
この物語では、祖父の死をきっかけに受け継いだガラス工房で働く二人の兄妹が、時にぶつかりながらもお互いの気持ちを理解するにつれて少しづつ成長していく。
それまでは全くと言っていいほど相容れなかった二人の兄妹だが、祖父の死によって宙ぶらりんとなったガラス工房を思いもよらぬ形で引き継ぐことになる。
足並みを揃えた行動を取ることが苦手な兄の道。
「特別な何か」が欲しくて思い悩む妹の羽衣子。
性格が異なる二人の兄妹は何度も喧嘩を繰り返す。
相手の気持ちを理解しきれず馬鹿正直に言葉を放つ道に対して、羽衣子はなぜ普通の行動ができないかと問い正す。
しかし、二人はガラス工房でともに働くにつれて、傍から見てるとなんて不器用なんだろうと思いつつも、徐々にお互いの気持ちを受け止めながら想いを共有し始める。
わたしはずっと月並みな人間だった。落ちこぼれでも優等生でもない、なにをやらされても平均的にこなせる。けれども突出したなにかをまだ持っていない。まだ、だ。まだ、さがしている途中だ。(p.81)
個人的なことだけど、自分は羽衣子の方にとても感情移入してしまった。
平均的なことは卒なくこなせるのに、憧れるような突出するものに手は届かない。悔しさと寂さが入り混じった、どこにもしまうことのできない気持ちが痛いほど分かる。
そして、きっとそれは兄妹の間だからこそ強く感じるものなのだ。
◇
実は自分にも双子の弟がいる。全然似てない弟。
好きなことや得意なことも、全くと言って良いほど被っていない。
そんな弟とは、幼少期にパズルだったり知恵の輪だったり、閃きを使って解くようなゲームをよく一緒にやっていた。
その時、自分は負けず嫌いなところもあり「弟だけには負けたくない」と必死になって、先にクリアするべく真剣にパズルや知恵の輪と向き合いながら考えていた。
しかし、いつも先に解き終わるのは弟の方だった。
頭の柔らかさと言うのか、閃き力と言うのか、人とは違う角度から考えることが弟は上手かったのかもしれない。まぁその分飽きるのも弟の方が早かったのだけど。
実際、より身近にいるからこそ、少しの差かもしれないのにとても大きな隔たりがあるんじゃないかと思い込んでしまう。自身に無いものの存在を否が応でも意識してしまう。自分は少なくともそうだった。
認めたくないけど、道にはわたしにはないものがある。
ただ人と違うと言うだけじゃない、特別な才能みたいなものがきっとある。(p.92)
しかし、それでも道は羽衣子の自分の感情に正直なところを、羽衣子は道の「特別な何か」を最初から信じて疑わない。
主張の違いでぶつかってしまうこともあれば
考え方の違いですれ違ってしまう場面もあった。
それでも、お互いが信じている部分に関しては、ぶれずに信頼し続ける彼らの姿を見て「自分たちはどうだっただろう」と思い出してみる。
きっと認めたくなかっただろうな。
弟にだけは負けているところを見せたくなかったから。
時が経ってみると「なんて小さなことで」と思うけども、その時は少しでも違うところを持っていたくて必死だったんだろう。道や羽衣子のように、認めている部分はあったのに口には出せなかった。
だからこそ、お互いに「さすが」と言い合える二人が少し羨ましかった。
何か恥ずかしいので、色々ひっくるめて懐かしい気持ちと一緒にしまっておくけども。
◇
また、印象的だったのは作中で出てきた「思い出は遠くなる」と言う言葉。
「だってわたし、昨日の夜までずっとおじいちゃんとパフェ食べに行ってたこと、忘れてた。すっごい楽しい、良い思い出やったのに。記憶って時間が経つと、すごい遠くなるよな」(p.128)
どれだけ楽しい思い出でも、いつかは忘れてしまう。
でも「遠くなる」だけで「無くなる」わけではないのだ。
どこかへ行ってしまいそうな思い出だとしても
形に残すことによって記憶に留まることができる。
それに、ふとした時に思い出した記憶と言うのも
何だか得した気持ちになって良いな、と自分は思う。
◇
読み終わって、単純だけど自分も吹きガラス体験をしたくなった。
二人が見ていた景色、見えない海を一艘の小舟で渡る時のような不安と期待が入り混じった感覚を知りたくなったから。
いつか。忘れないうちに行ってみよう。
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