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美しく残酷なレーエンデの地も、彼らとともになら歩いていける

子どものころから、少し影のあるファンタジー世界に憧れていた。

『ハリーポッター』シリーズをはじめ、『デルトラクエスト』『十二国記』など、不思議で魅惑的な世界が広がるなかで、決して順風満帆な冒険が続くわけではなく、苦難の連続に立ち向かいながら成長していく冒険譚。

そんな物語が好きだった。

そして、主人公たちが歩む険しい旅路をともに乗り越えられるのは、彼らが冒険する舞台となる非現実的な世界観に、心身ともにどっぷりと浸かりこんでしまうから。

魔法を学ぶ学校、不思議な現象が起こる森や洞窟が点在する地図、様々な種族が暮らす世界。

現実では決して出あうことのない、未知なる世界が物語の裾野まで広がって、読者を誘ってくれる。

『レーエンデ国物語』を読みおわった時、そんな幼少期のころに抱いたファンタジー世界への憧れ、冒険心が沸きたつ感覚を思いだした。

この物語に登場するレーエンデという土地に
瞬く間に魅了されてしまったのだ。


呪われた地、レーエンデを巡る物語

『レーエンデ国物語』は、呪われた土地と呼ばれるレーエンデを舞台に、国を飛びだした少女が、魅惑の地で出会う様々な出来事を経て、自ら選択した道に向かって歩み始める、多崎礼さんファンタジー小説。

ここまで世界観に埋没しながら、ひと時も心休まることなく、最後まで登場人物たちとともに駆けぬけた物語はいつ以来だろうか。

革命の話をしよう。
歴史のうねりの中に生まれ、信念のために戦った者達の
夢を描き、未来を信じて死んでいった者達の
革命の話をしよう。

レーエンデ国物語/多崎礼(p.10)

本を開いて目に入る一文。
冒頭の書き出しから、一瞬のうちに心をつかまれた。

これから始まる物語の壮大さ、想像をはるかに超える争乱が待ち受けていることを予感させる一文に、自然と心が引きしまる。

物語の主人公は
貴族の娘である少女、ユリア・シュライヴァ

のちに「レーエンデの聖母」と呼ばれるようになる彼女は序章の一文で、偉大な功績をこの世界で打ち立てることになると明かされる。

しかし、最初から彼女は気高く、強かったわけではなかった。狭い城内を抜け出し、未知なる世界へと飛び出しはいいものの、まだまだ未熟でか弱い少女にすぎなかった。

そんなユリアは、父親であり、母国の騎士団長でもあるヘクトルに連れられて、銀の呪いが渦まく土地・レーエンデへとたどり着く。

その場所で出会ったのは、見た事もないほど巨大な古代樹の群生、銀色の鱗に覆われた生き物たち、独自の文化で生きる人々の姿。

そして、彼女の運命を変えることになる
琥珀色の瞳を持つ寡黙な射手。

名をトリスタン・ドゥ・エルウィンと言った。

トリスタンという青年が歩む波乱の人生

トリスタンという青年こそ
この物語のもう一人の主人公といっても過言ではない。

かつては弓兵としてレーエンデを出て争乱の地に身を委ねたものの、ある理由から、再びレーエンデへと舞い戻ってきた戦士。

トリスタンもまた、ヘクトルがこの地にやってきた理由、そしてユリアとの邂逅によって、自身がこれから進んでいくべき道を見いだしていく。

それが、どれほど残酷で激しい痛みを伴うとしても。

しかし、少女ユリアが心身ともに成長する中で、トリスタンも自らが進むべく道を切り拓いていくため、あらゆる困難を乗り越える決心をする。

あまりに過酷な人生、そして一途な想いに心を打たれ、物語を読み終わった後、なかば放心しながらも真っ先に頭に浮かんだのは、トリスタンの凛とした立ち姿だった。

細やかな情景描写で彩られた世界観

また、何よりも魅力的だったのは、本当に物語の世界に迷いこんだのではないかと錯覚するほど、繊細に描かれるレーエンデの森の情景描写。

空高くそびえ立つ古代樹、木の桐を根城にするウル族たちの生活を彩る森の食材、そして、様々な色の緑が散りばめられた木々と、その地でたおやかに育つ植物たち。

レーエンデの森の様子は、本に刻まれた言葉からでしか、うかがい知ることはできない。
それでも、その光景は鮮明に脳内に映しだされる。

見返り峠から眺める泡虫の大群も。
一年に一度、誰かを言祝ぐようにクラングの実が鳴る音も。
満月の日、森を襲う時化が生む幻の海を泳ぐ、幻魚の群れも。

実際には存在しないはずの幻想が、ひとたび目をつむると目の前に現れる。

それほど『レーエンデ国物語』という作品には、読者を惹きつけて離さない、醸成された世界観があった。

緻密に作りあげられた歴史と文化が根づいている世界

またこの物語には、緻密に積みかさねられた歴史と、その歴史が育んだであろう文化が、世界観にしっかりと紐づけられている。

その一端を担うのが、銀呪病ぎんしゅびょうと呼ばれるレーエンデの風土病。

体が銀の鱗に覆われて、いずれは死にいたる。
病を恐れるがあまり、人々は銀呪病ぎんしゅびょうに罹患したものを忌み遠ざけた。

そんな人間の本能的な行動は、単なる物語上の設定ではなくて、歳月をかけて築かれた歴史と文化の上に物語が成り立っているのだと、そう感じさせる説得力があった。

この物語の舞台となる「聖イジョルニ国」にて受け継がれた伝説が、国に住む人々の心に根づいているからこそ、自らの信念と相反する者たちと対立し、やがて争いを起こす。

血をめぐる権力争いや宗教対立、部族ごとの軋轢あつれき、国による経済格差などは、現実でも古くからいさかいが絶えず、のちに戦争や革命を起こす引き金となった。

『レーエンデ国物語』においても、それは変わらない。

不思議な出来事が絶えない幻想的で美しい世界に
目を背けたくなるほど残酷な現実が横たわっている。

夢見る幻想的な世界だけが広がっているわけではないからこそ、この地で必死に生きる人々の意思とその行く末に、これほどまでに魅了されてしまうのだろう。

最後に

ここまでの文章を読んで、心が沸きたつ瞬間があったならば、ぜひこの物語を手にとってほしい。その世界観を体感してほしい。

驚くことにこの一冊は、これから続くレーエンデをめぐる物語のほんの序章にすぎない。

自分はどんな結末が待ちうけていようとも、このレーエンデという土地が辿ることになる激動の歴史を見届けたいと思った。

できれば、この記事を読んだ人も、そうであってほしいと願っている。

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