美少女感謝祭

[掌編]


 青から赤に変わる空を仰いで息を吐く。公園に響く五時のサイレンが、懐かしい歌を記憶の向こうから運んできた。
 思い出すのは彼女の笑顔とその声、名前を呼ぶ綺麗な形の唇。
 皆が噂するクラスメイトと付き合い始めたと、告白した時にはずいぶんと羨ましがられたものだ。友人たちにからかわれながらふと見た彼女は、目が合っただけで顔を赤くして。こっちまで恥ずかしくなって俯いた。
 勉強の出来た彼女と同じ大学になんて到底行けやしないと思っていたのに、彼女が見せた進路希望の紙には俺が書いたのと同じ校名。
 さすがに就職先は違ったけれど、部屋に帰ればいつだって優しい微笑が待っている。
 マンションの玄関。ドアを開けると駆け寄る彼女。いつから当たり前になっていたのだろうか。
 サイレンが町中に鳴り渡る公園で彼女がまばらな橙を見上げる。小さく口ずさむメロディを聴きながら目を瞑って滑り台に寝転がると、耳に届くのは彼女の声だけ。
 君は変わらず元気にしているのだろうか。そんな事を考える俺は少し女々しいかな。
 幸せだったあの時間は君にとってどんな思い出になるのだろう。同じように想ってもらえたのなら、嬉しいけれど。なんて。
 大きく息を吸い夕日に叫ぶ。今更気が付いたんだ。君を愛していたって、愛しているって。あの時に言えたなら結末は違っていたのだろうか。
 はたから見たら恥ずかしい事だって出来てしまえる。そんな事を考えると、口元に苦い笑みが浮かんでいた。
 きっと今なら言えるだろう。伝えたい言葉なんて山ほどあるけど、浮かぶ言葉は一つだった。
 いくら叫んだって足りやしない。ありがとう。感謝の言葉は尽きることなく胸に火を灯した。

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マガジン『世界の欠片』

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