夢であいましょう
[ショートショート]
それは家に帰る列車の中、窓を背にして二列向かい合わせになった席の真ん中が私の特等席でした。
ある日疲れ果てていた私はいつものように目を瞑っていました。車両には私一人しかいなかったため、周りを気にする必要もなく、気づかぬうちに眠ってしまっていたのです。
ふと目を覚ますと、辺りは真っ暗になっていました。しかしそれは、単純に日が暮れた暗さではありません。もしそうであるならば、目を凝らせば景色が見えるはずなのですから。
不思議に思いつつ周りを見回してみたところで、その車両には私以外誰も乗ってはいません。ふと、耳を澄ますと、コツコツと足音が聞こえてきました。
微かな音ではありましたが、姿の見えないその足音に驚きのあまり後ずさろうとしました。ですが、席に座っていたためにそれはできません。席に脚が当たり、ガタンと大きな音を立てた拍子に、私は目を覚ましました。
窓の外を見ると、町の灯りがポツポツと点っています。どうやら目覚めていたと思っていたあの光景は夢だったようです。胸を撫で下ろした私は、それから駅まで一睡もすることはできませんでした。
それ以降、ほとんど毎日、同じ夢を見るようになりました。毎日毎日、同じ足音が聞こえるのです。しかしある日気づいてしまいました。それは全く同じ夢ではなかったということに。聞こえてくる音は、少しずつ、少しずつ近づいてきているように感じるのです。
それに気づいてしまったその日、夢から覚めると冷たいものが背中をびっしょりと濡らしていました。
今までは足音だけだったそれが、次の日から、窓に脚が映るようになりました。車両と車両の境の辺り、向かい側一番端の席の後にある窓に歩き回る足が映るようになったのです。コツコツと音を立て、また少しずつ近づいてきます。それを見ているうち、その脚の持ち主は男性だと思うようになりました。
次第に近づいてくる足音と窓に映る脚に、眠るのが恐ろしくなってはいましたが、何故だか睡魔は私を離してはくれませんでした。
そうこうしているうちに、とうとう、その脚は私のすぐ向かいの窓に映りました。
それからは歩き回ることはなく、ただ立ち止まっていました。ただ立ち止まり、毎日少しずつ私に近づいてくるのです。
そして今日、恐らく彼は私の目の前に立ち止まりました。すぐ膝の先にその脚の体温を感じたのです。これ以上近づくことはできないはず。であれば、明日にはどうなっているのでしょう。
今日こそはと、眠らないよう努力をしました。ブラックのミントガムを噛んでみたり、コーヒーを飲んでみたり、眠気覚ましのドリンクや栄養ドリンクまで飲みました。
しかし、眠気覚ましと栄養ドリンクの相性はあまり良くなかったようなのです。体調が悪くなり、列車に酔った状態でポールに寄りかかっていたせいで、結局目を閉じてしまいました。しかし、夢の中の脚は、昨日と同じ場所に立っていました。膝と膝が付くほど近くに。
足を上げれば蹴ることができるかもしれない。その隙に逃げてしまえば。そう思いながらも、私の身体は少しも動くことができなくなっていました。
何事もなくいつものように目が覚め、ほっと息をつく。顔を上げようとほんの少し身じろぎをした。その瞬間、私は身体を動かすことができなくなった。わたしの足の先、ほんの数ミリ先に男物の靴が見えたのだ。
恐る恐る顔を上げると、そこには笑みを湛えた男性が私を見下ろしている。
年は少しだけ上に見えた。
すっと口角の上がったキレイな形の唇を開く。
「やっとあえましたね」
了
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