雨がくる
[掌編]
ジリジリと鳴く蝉の声に暑さが増して感じた。教室の所々まばらに座っている生徒たちの中には、本人がいないのをいいことに友人同士隣や前後の席を取っている者もいる。
なかなか来ない担任を待ちながら机にうつ伏せていると、背後からぽそりと声がした。
脇の下からそっと覗きこむと、一人の生徒が窓を見つめていた。
「雨がくる」
恐らく私以外には聞こえていないその声は淡く消えては繰り返される。気味が悪いのと好奇心とですぐ左にある窓に視線を向けるが、そこにあるのは青以外の何色も受け付けなさそうなだだっ広い空だった。
首筋をするりと冷たい空気が通っていった直後に背後のドアが開く。さほど大きな音でもなかったはずなのに、びくりと飛び上がってしまった。
「プリント出来たやつは提出して帰っていいぞ。明日は期末と同じテスト渡すから、今度こそ赤点取るなよ」
どこか楽しそうに笑う担任は、提出されていくプリントに目を通しながら全員に声をかけていく。
「明日は良い点とれそうか?」
まあまあじゃないですか。なんて答えながら、扉に手をかける。ふと先程の席を振り返ると、彼女が未だ窓を眺めていた。
長い休み明けの今日、体育館での朝礼で伝えられた話に、クラスメイトたちは落ち着かない様子で自分の席へと着いていた。
あの日、青く染まっていた空が、夕飯を終える頃にはサーサーと涙を流していた。あれは彼女を誘っていたのだろうか。
全員が揃ったはずの教室では一番後ろの窓際の席にだけその主はなく、花が刺さった花瓶だけがぽつりと置かれている。
さらさらと流れるいくつもの声。その話題は、彼女が居なくなったことではなく、彼女が居たことについてだった。だが、きっとそれも仕方がないのだろう。一つ前の席に座る私だって、彼女のことは全く頭にはなかった。
恐らくあの日が最初で最後に聞いた彼女の声だったのだと思う。
あの日夕立の中、彼女は空に吸い込まれていった。
了
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