こうかい

[ショートショート]


 自分の決めたことには後悔しない。
 いつからか、私にとっての最低限のルール、方針になっていた。

 小学生の頃、下校時に毎日のように友達と話していたことがある。
『死ぬとしたら何歳で死にたいか』
 話し合いの結果、四十以降、六十未満という結果に至った。家族に迷惑をかけないうちに。ということだ。その次に話題になったのは、
『どうやって死ぬか』
 四十以降、六十未満では老衰はまずないだろう。それならどうするのが一番良いか。
 薬物、首吊り、飛び降り、飛び込み、水死、などなど。子供の私たちにとって考え得る限りの例を出してはみたが、どれも納得のいく答えではなかった。

 水死は水を吸って膨らみ、魚などに啄ばまれるため、引き上げられた時には誰かもわからない程に醜くなっているため却下。
 飛び込み、飛び降りは血液や身体のパーツが周囲に散り、もし失敗した時には身体に障害が残る可能性もある。場合によっては家族などが賠償金を払うことにもなりえるため却下。
 首吊りは、身体中の穴と言う穴から中身が出るため即却下。
 薬物などは、成功する確率が低いうえ、最悪の場合障害が残る危険性があるため却下。

 どれも結果は、生死問わず醜くなる。それだけはどうしても嫌だった。
 けれど、最適な年齢はあっても、それ以前に命を落とすことなど稀ではない。もしかすれば明日にはこんな会話も出来てはいないかもしれない。
 いつ死ぬかわからない人生なら、後悔するだけ時間がもったいないのではないだろうか。

 そんなことを話すようになったのは、恐らく後輩の父親が首を吊ったことが原因であろう。本人たちにそんな気はなくとも、頭の隅っこの方で息づいて、心を侵食していたのかもしれない。

 できるだけ後悔のないように、それは私の中で、最低限のルールになった。

 高校を選ぶ時も、大学への進学も、自分が後悔しない道を選んできたつもりだ。大学を出て就職をし、都会に出てからも。全てが自分のため、自分が後悔しないために。
 希望する大学に行かせてもらえないのなら就職をするとわがままを言い、親の反対を押し切って勝手に都会に出て。それでも自分が後悔しない。それだけが全てなのだ。
 わがままと言われようと、身勝手と貶されようと、それに対して後悔しなければそれで良い。

 そんな私を理解し、支えてくれる夫に出逢えたことは、本当に奇跡だと思う。生涯パートナーに恵まれることなどないであろうと信じていたのに。まさか、子まで授かるなど思いもよらなかった。
 彼に出逢えた時、後悔しないようにと今まで飲み込んできた気持ちが全て溶かされていくように感じた。今までの身勝手は全て、この瞬間の為にあるのだと、小さな手がそう思わせてくれた。もしかしたらそれすらも自己満足でしかないのかもしれないけれど。私にとってそれが全ての答えだった。
 できるだけ長く生きたいと、彼の生涯を出来る限り眺めていたいと、そう願わせられた。

 彼が成長するにつれ、両親の気持ちも理解できるようにはなった。我が子を思えば心配しないわけにはいかなかったのだろうこともわかる。それでも、後悔はできなかった。むしろ、親のようにはならないようにと、それが私の2つ目のルールになった。

 ある日の夜遅く、自宅の電話が鳴り響いた。それは夕飯の準備をしている最中の事。

 一人で暮らしていた母が亡くなり、数日が経った。私は今まで「自分に対して」後悔のないよう、精一杯駆け抜けてきた。つもりだった。けれどもそれは、大きな後悔となって胸に溢れる。
 両親、祖父母に私は何かをしてやれたのだろうか。
 自分の時間惜しさに、血の繋がった家族に辛い言葉を浴びせてきたことが思い出される。目の前しか見えていなかった自分に対する後悔が、次から次へと零れ落ちた。

 ふと、滴が頬を濡らした。どこか見覚えのある男性が私の顔を覗き込む。
「ごめん。母さん。ごめんね」
 すぅっと、鼻に新鮮な空気が通る。久しぶりの心地よさに、自然と頬が緩んだ。


 鼻に通った管を抜くと、母は薄く、微笑んだ。それは久しぶりに見る笑顔だったように思う。
 二度目の入院をしてから体調は次第に悪くなり、つい先ほどまでは鼻に通した管で呼吸をし、腹部に空けた穴から栄養を取っていた。
 長く生きてほしいと願う反面、こんな状態で生きていると云えるのか、母を苦しませているのではないかと思い悩んでいた。しかし経済的にも、何年もこのままでいるわけにいかないのも事実だった。
 管を抜くと担当医に申し出たのは、つい先日のこと。本当にこれで良かったのか、きっとこの先も考えてしまうのだろう。それでも、これは私が決断したことなのだ。
 決して後悔はしないと、息を引き取る母に誓った。

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マガジン『世界の欠片』

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