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布団と満月

急にすべてがうまく流れるようになった。
夫が大変貌を遂げたのだ。

多分、妻を労わるというようなことを
目にしたことも実行したこともないだろうに、
そんな男が不器用ながら、とんちんかんながら、
それなりに努力し始めた。

ある日突然、まったく怒鳴らなくなったのだ。
返ってくる言葉は「分かった」「やっておく」

洗濯物を干すだけで精いっぱいだったのに、今では、布団の整理を担当するようになった。

布団にはたくさんの思い出が詰まっている。

孫たちを連れて娘夫婦が泊まりに来たこともある。
私は心をこめて、
綺麗な新しい布団を準備した。
精一杯の親心だった。

そして今は夫婦二人。
布団だけが大家族並みに残された。

布団は家族の膨張と収縮の歴史。
整理するのは大変な作業。

抗癌剤治療の副作用で何かと体の調子が悪い私には掃除や布団の片づけは、とても苦になる。 

「片手で持てる軽い布団」を何回も買ってしまった。
「買ったことを忘れてしまって、また注文したの。ごめんね。もう、私は布団の管理はできない。あなた、やってくれない?」
「分かった」

いつものへ理屈ではなく、あっさりと肯定の言葉が返ってきた。

買い物でも私の好みが分かるようになってきた。
高くても、ジュースは100.パーセント。ヨーグルトは無糖。
言わなくても自分でそれを捜すようになった。

退院してから2か月ほど。
家事は、結局、私が全部することになってしまった。

無理に夫にさせて言い争いになっても、心身に悪い影響を与える。
私は黙って家事のほとんどすべてをやった。

しかし、ある日、

夫は突然そのことに何かを感じたらしい。
これではいけないと思ったのか。

変わったのだ!
自主的に手伝おうと努力し始めた。
大変身を遂げつつあるのだ。

一日中、布団を選り分け、
私が扱いやすい軽いもの、寝心地がよさそうなもの、
捨てたほうがいいものと、
奮闘している87歳の背中が、
優しい。

結局同居している伴侶が
一番の頼りなのだ。


満月が明るい。
満月の中に、
布団が重なっているのが見える~。
                       終わり

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