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美術館よ、われらのゴッホはそこにいるんだよ

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 いま美術館はあちこちに点在している。どんな地方都市に行っても美術館がある。東京には国立美術館や私立美術館だけでなく、世田谷美術館とか、練馬美術館とか、府中美術館とかいった区や町が設立した規模の大きな美術館がいくつもある。それらの美術館で、どのような作品が展示されるかというとまず印象派である。モネやセザンヌやゴッホやゴーギャンである。ささやかな点数であるが、ゴッホやセザンヌの絵を数点展示すれば、それなりに体裁が整い、訪問者の数が増えるというわけである。

 なんといっても日本人は、印象派の画家たちが好きだから。あるいはまたアメリカの大学美術館と提携して、アメリカ現代絵画の系譜といった展覧会を企画する。あるいはまたウイリアム・モリスが起こした文芸と民芸のムーブメントを展示する。あるいはまた日本に美術界の新生のムーブメントを起こした岡倉天心と仲間たち展といった企画を組み立てる。

 大きな規模の美術館を建てた以上、そこに人が入ってもらわなければ困る。入館料収入の目標額も設定されている。その美術館がいくら稼ぐかという企業的計算が不可欠になっているのだ。したがって多くの人々を呼び寄せるポピュラーな画家や歴史的名声の高い画家たちの作品を中心にその企画が組み立てられていく。しかし地方の美術館の役割とは、むしろ別の視点に立たねばならないのではないのか。

 例えば世田谷美術館は、世田谷区の財源で、世田谷区民のためにたてられているのだ。するとこの美術館が常に取り組まなければならないのは、世田谷区に住んでいる画家たちの作品ではないのか。世田谷区にはおそらく数百人の画家たち、いや、正体を隠した画家たちを掘り起こしていくとその数は千人、二千人になるかもしれない。これほどの数の画家たちが世田谷区に住んでいるのだ。ならば世田谷美術館は常に彼らに目を向けていなければならないのではないのか。

 世田谷美術館の館長や学芸員は、世田谷区にどれほどの画家たちが住んでいるかというリサーチをおこなうべきなのだ。そして発掘していった一人一人との画家との交流を深め、彼らの創造を世に送り出すために、彼らの作品を展示する展覧会に取り組むべきなのだ。彼らとともに生きる、彼らとともに成長していく、彼らとともに地域社会を豊穣にしていく。それこそ、区民が、区民によって、区民のために建設された美術館である存在が確立されていくことになるのではないのか。

 世田谷区に住む画家たちのなかに、まったくの無名だが、しかし一瞬にして見る者を圧倒させる驚くべき創造を成し遂げている画家たちが何人もいるはずだ。やがてその一人が日展で特選となった。あるいは日本水彩連盟で特賞に選ばれた。あるいは二科展の最優秀に選ばれた。そのとき世田谷美術館は彼の画業を世に紹介する展覧会を企画すべきなのだ。彼の代表作をほとんど網羅して、私たちの隣人がどれほど巨大な創造を成し遂げてきたかを伝える大展覧会である。日展で特選になったといっても、日本水彩連の会員賞に選ばれたといっても、二科展の大賞に選ばれたといっても、美術団体という内輪のたまり場での出来事のようなものだが、しかしその大展覧会で彼の作品は広く世に伝えられることになる。

 世田谷区に住む画家たちとの交流を深め、彼らのアトリエに足を運び、彼らの作品を見せてもらうとき、想像力をもった学芸員ならば、さまざまな企画が沸き立ってくるだろう。FさんとYさんはともに日本画を描いているが、しかしFさんは院展に拠点を置き、Yさんは日展派だった。ここに面白いテーマがある。YさんとFさんの作品を中心にして日展と院展のバトル展とすれば人々の注目を浴びるだろう。

 水彩画もまた日本水彩連盟と日本水彩画会という二つの大きな流派がある。WさんとUさんは日本水彩画会に属し、HさんとOさんは日本水彩連盟派だった。そこで彼らの作品を中心にして、大規模な日本水彩連盟と日本水彩画会のバトル展を企画するのだ。

 日展は日本で最大の美術団体であり、世田谷区にも何人もの日展派画家が在住している。しかしこの日展の公募展に落選する画家たちはさらに大勢いる。そこで『日展落選展』を企画するのだ。落選した作品を全国から多数集めて展示する。これもまた面白い企画だ。大勢の人がこの展覧会に足を運んでくるだろう。

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エッセイ「美術館よ、われらのゴッホはそこにいるんだよ」は《草の葉ライブラリー》版『三百年かけて世界を転覆する日記」に所収。

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