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叢叡世
2024年4月12日 03:00
曙が四月に心不全で亡くなっていたことが分かった。具体的にいつ亡くなったのかは分からない。9年前のRIZINに出たあと暫くしてから病いに倒れたという。実はこの間に全日本プロレスから独立して「王道」という団体を立ち上げていたのである。しかしそれからというものの、足に出来た傷から雑菌が入ってその毒が頭にまで回ってしまったようで、それからほぼ寝たきりになり記憶障害も併発していたようである。
2021年6月12日 04:22
那須川天心がRISEで再戦の志郎に判定勝利してから早数ヶ月。今後の去就が占われていたところだった。TBSで放映された体育会TV上でキックを来年3月を目処に引退してボクシングの道へ進もうと決意をする。理由などは最早明らかにされているのでここでは言わないが、国内ではただ一人を残して相手がいなくなったのだろう。目される相手とは誰も隠さなくなってしまった武尊である。天心が望んできた相手
2022年12月15日 06:04
4月3日の代々木で行われたK'FESTA.5のメインは無差別級トーナメントだった。本来、京太郎(ボクサーネーム時代は藤本京太郎なのだが今回に限って省略する時には京太郎の儘とする)は今回の大会前のK-1で坂本英則とワンマッチで対戦する予定だったが、無差別級トーナメントのある4月のK'FESTA.5に繰り上がることとなった。京太郎としては準備期間が延びたことで得することがあったと言う。計量
2022年12月16日 05:33
K-1は平成5年(1993年)に発足し、来年で30年目となる。この頃はUFC(当時はアルティメットと呼ばれていた)もJリーグも興った年でスポーツとしては大きな節目でもあった。この間、資金難で中断したこともあり紆余曲折を経て8年前に体制を整えて再出発することとなったが、出発した時の体制は脆弱で中身はKrushの興行にプラスアルファを施したようなものだった。詳細を省くがゲーオがいた御蔭でK-
2023年5月26日 02:56
この記事を書き始めたのは今から3箇月前だったが、書き切るまで時間が掛かってしまった。全く自分の不徳の致すところなのだが、書こうと思ったら展開が更に変化して手付かずになってしまった。当然途中で書いていた記事も全部消してから改めて書くことになった。元々タイトルも「ルキヤのこれから」にするつもりだったのだが、文字通り他の選手達も続けてK-1を脱藩するかの如くに至っているのでタイトルも変えることに