「未来のために」第12話
第12話 「哀しみ」
「伊折くん! レオくん!」
バタバタと足音をたてながら階段を上ってきたのはジンと水島だった。
「オッサン! 来てくれたのか!」
「二人とも無事か?」
伊折とレオは頷いた。ジンと水島は辺りを見て状況を把握したようだった。
「そうだオッサン、ツバサを見なかったか? 捕まってた人たちを……」
「ああ、皆無事だよ。トラックでホテルに向かった」
「そうか、よかった」
レオは不思議そうな顔で二人を見ていた。
「二人とも、なんで、平気なの?」
そう聞いてきたレオを見て伊折が笑った。
「あは、そうか、レオは知らなかったな。麗子先生の抗体ができたんだよ。お前の血のおかげだって」
「本当に!? よかったぁ」
レオは心の底から喜んでいた。
「マリウス!」
マリウスの名前を呼びながらジンはマリウスのもとへ走りよった。
「解毒剤をうったからもう大丈夫だぞ」
心配しているジンに伊折が言った。
「そうか、ありがとう」
「ジンさん、マリウスを責めないで下さい。マリウスは娘さんを助けるために仕方なく血を注射してしまったんです。依存性があると知らずに。全てこの白衣の男にはめられたんです。だからマリウスを責めないであげて下さい」
レオはジンにお願いした。
「娘のために? そうか、わかったよ。安心しろ」
ジンはマリウスを見て少し微笑んだ。
「うん。あ、そうだ、マリウスの娘さんはどこかに閉じ込められてるはずなんだ」
「よし、俺が探してくるよ」
そう言って水島が塔の階段を下りていった。
「さあ、帰ろう。伊折くんはレオくんを頼む」
「おう」
伊折はレオを肩に担いでから歩き出した。ジンもマリウスを背中に乗せて立ち上がった。
お城を出て救急車を停めた所まで山をおりてくると伊折は救急車にレオを乗せた。
「じゃあオッサン、先に行ってるぜ」
ジェットワゴンにマリウスを乗せているジンに伊折が話しかけた。
「ああ、あとでな」
「あ、オッサン。その、来てくれてありがとうな」
お礼を言った伊折にジンは笑いかけた。
「こっちこそ礼を言うよ。お前のおかげで目が覚めたよ。ありがとう」
ジンは手を差し出した。
「ん」
伊折はその手を力強く握った。
「じゃあ、後でな」
「おう」
伊折は救急車に乗りこみ先に発進させた。
ジンはマリウスに付き添いながら水島の帰りを待っていた。
「……ジン」
マリウスが目を覚ました。マリウスの目はもとに戻っていた。
「マリウス! よかった、もとに戻ったんだな」
ジンはマリウスの手を握りしめた。
「ジン……すまなかった」
マリウスの声は弱々しかった。
「聞いたよ。マリアちゃんのためだったんだろ? ったく、お前らしいな。今、水島がマリアちゃんを探してるから待ってろ」
「娘は、マリアは無事なのか?」
「ああ、きっと無事だ、もうすぐ会えるぞ」
マリウスの目から涙が流れていた。
「よかった……」
「ああよかったな。もう終わったんだ。何もかも終わった。これからは皆で新しい未来をつくるんだ。俺たちも忙しくなるぞ」
ジンも目に涙をためながらマリウスに笑いかけていた。
「ジン、娘を……マリアを頼む……」
「は? お前、何を言ってるんだ?」
マリウスはジンを見つめた。
「俺は皆と生きていく資格はない。あまりにも酷いことをしてしまった。恐ろしいことを……」
「何を言ってるんだ。お前のせいじゃないって言っただろ? 皆わかってくれるさ」
マリウスは静かに首を横に振った。
「俺は自分が許せない。人の、人間の血を飲むなんてこと……。それに俺は父親失格だ。マリアにあわせる顔もない」
「だったら、だったら生きて償えよ。精一杯生きて、マリアのそばにいてやれよ。それがマリアちゃんへの償いじゃないのか?」
「ああ、そうしたいが、もう無理みたいだ。俺の体はもうボロボロだ」
「マリウス……どこか痛むのか?」
ジンはそう言うとマリウスの服をめくりあげて体を見た。
「わっ」
ジンはがく然とした。マリウスの体全体から血が混ざった膿のようなドロドロした物が出ていた。
「きっとバチがあたったんだ」
マリウスは静かに笑った。
「まさか、ヴラドウィルス……くそっ、体がもとに戻ったからか……」
ジンはマリウスの顔を両手で包んだ。
「マリウス……なんで……せっかく……」
マリウスは泣いているジンの顔を見た。
「ジン、マリアを頼む。あのクロスの子にも……お礼を言っといてくれ……ゴホッ……ゴホッ」
「わかったよ、わかったからもう喋るな」
マリウスは苦しそうにしながら言った。
「ジン、お前がいてくれて……よかった」
「マリウス!」
マリウスの声がどんどん弱くなっている。
「ジン、友よ……」
「うっ……」
ジンは泣きながらマリウスの顔を抱きしめた。
「ジン……ありがとう」
「マリウス、待て!」
その時、水島とマリアが山から走ってくる姿を見たジンは必死でマリウスの体を揺すっていた。
「パパ!」
ワゴンに乗りこんだマリアは変わり果てた父を見るなり叫んでいた。
「パパ! しっかりして!」
マリウスの手を握り肩を揺すった。
「マリア……」
「パパ……」
かすかに目を開けマリアを見たマリウスは泣きながら笑っていた。
「マリア……すまない……」
「パパ! パパ!」
優しく微笑んだマリウスは静かに目を閉じた。
「パパァ……パパァ……!!」
マリアはマリウスの胸に顔をうずめて泣き崩れた。
静寂を取り戻したガルサ山には、父を呼ぶマリアの声だけが響いていた。
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