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空を仰ぎ、胸を叩き、地に伏す

まずは体に

ある動きをさせることで

思いを湧かせることができる。


空を仰いで

両膝を地につき

両手を空にかかげる。


その姿勢のまま

天に向かって

己の不満や嘆き

地にあふれる悲惨について

口に出してはいてみるといい。


天空に神がいて

私の血を吐くような

「何故ですか!」の問いを

聞き入れてくれる心持ちになれる。



そのままの姿勢で

両手で胸を叩きながら

地上の不正や

私に加えられた不当なる扱いを

眉をしかめて思ってみるといい。



私の憤激が

神にまで伝わる気持ちとなる。




思いをかかげて

心を激情で昂らせたのなら



最後に地に伏すがいいだろう。

いわゆる土下座だ。



神に降伏するのだ。



人は人に

尊厳を明け渡す必要がないが

神には委ねることが大切となる。



己の人としての

矜持や意地を

捧げものとするのだ。



それは救いにもなる。



私という信念から生まれた

頑ななプライドは

生きる力ともなるが

己を苛む重石ともなる。



大丈夫だ。

神は私の

意固地だが大切な意思を

捧げものとして受け取り

また私に返す。

より私にとって

ふさわしく純粋なものとして。




…さて、私は

神に訴え

問いかけ

すべてを委ねる

ということを所作を通じて

形だけでも行ったが



これは、おままごとなのではないかと

疑問に思うだろう。



幼稚園児のお遊戯。

ただ先生から言われた通りに

踊っただけなのではないか?



そうなのである。



私が行ったのは

形だけの儀式だ。



だがその動きを通して

人の心に

自然に湧いてくる思いもある。



動きを通して

なんらかのよく分からない

でも尊いと思われるような

存在を感じ取ることがある。



なんにせよ

ただの動きだ。



騙されたと思って

なんとなく行き詰まりを感じた時は

空を仰ぎ、胸を叩き、地に伏してみるといい。




神秘とは

理知や言葉ではとらえがたいモノ。



感じとるしかないのであれば

理外のやり方を

やってみるのだ。

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