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【心得帖SS】「なりきりセールス」商品紹介

「はい、このパートを受け持つ●●支店営業二課の住道タツヤです。宜しくお願いします」
新入社員達が集まった会議室を見渡して、タツヤはえへんと咳払いをした。
「拍手〜」
彼が促すと、恐る恐るまばらな拍手が聞こえてくる。
「ありがとう、それでは本題に入りますね」
社交辞令ながら満足した様子のタツヤは、ホワイトボードをくるりと返した。
「午前中、皆さんには講師の京田辺課長から【好きなところ20個挙げてみよう】に取り組んで貰いましたね?」
全員が頷く(1人だけ顔を赤く染めた女子社員がいたが)のを見て、タツヤが言葉を続ける。
「そこで、皆さんにはその好きなところを挙げた商品を販売しているセールスになり切って、商談のロールプレイングを行って貰います」


2人組のペアとなって、セールス役とバイヤー役を決めることになった。
営業一課の新入社員、藤阪綾音は隣県支店の同期である西木津沙織とペアを組み、役割決めを行なっていた。
「アヤネちゃん、先にセールスやってくれる?」
「そうね、嫌なことは早く済ませた方がいいからね」
「あ、私すっかり冷めちゃったけど、二日酔いの演技とか必要かな?」
「いらないわよっ!」
メンバーで唯一、4色ボールペンの良いところを20個捻り出した綾音だったが、20個目の良いところが『このペンを使うと二日酔いが治りました』だったのだ。

「もう、サオリンはすぐイジるんだから」
ぷくっと頬を膨らませた綾音は、残り19個の良いところを頭にインプットしていく。
「商談時間は5分間。みんな準備はいいかな?…それでは、始め!」

「本日はお時間をいただき有難うございます。早速ですが、弊社の新商品をお持ちいたしましたので宜しくお願いいたします」
「うむ、このあと会議だから手短に頼みますよ」
「はい、ご紹介したいのはこの4色ボールペンでして…」


「うん、藤阪さんはもう少し相手に話をさせた方が良いね」
「はい、不安になってつい自分が話し過ぎていることに気が付いていました」
タツヤの指摘に納得した綾音は、言葉を返した。
「限られた時間の中で【相手のニーズ(夢の実現と問題解決)】を探り出すには、商談相手に出来るだけ多くの話をさせる必要があるんだ」
「どのようになりたいか、どんな悩みがあるのか、ですね?」
「そうそう」タツヤは嬉しそうに応える。
「次の段階で、相手のニーズに良いところ20個から合うものを当てはめていく。パズルのようなイメージが分かりやすいかな」
「なるほど、上手くハマれば商談の成功に繋がりますね」
手帳にポイントを書き書きメモしていく綾音。
彼女の要領の良さに気付いたタツヤは、もう一つ踏み込んだアドバイスをしてみた。
「良いところ20個のうち、一番相手に響くだろうと思うものを【決めゼリフ】として最後のクロージングに置いておくこと。それが成約率アップに繋がるんだよ」
「そうですか、私の場合は…」

『大切な書類でも、インク切れすることなく安心して使うことができる』

同様に自分の課題項目を採点していた沙織が、綾音に向かって話しかけてきた。
「住道先輩って、仕事もデキるし見た目もカッコいいからもの凄くモテそうだね。いまフリーなのかな?」
「カノジョ、いるみたいだよ」
「なんだ、残念」
沙織は残念そうにペロッと舌をだして尋ねた。
「アヤネちゃんの支店は美人揃いだからなあ。誰がイケリーマン先輩のハートを射止めたんだろう」
「あ、社内じゃなくて社外だって」
あまり興味が無い綾音は、課の先輩である大住有希から聞いた情報をそのまま伝える。
「何かのイベント?で知り合ったとか」

「イベント…サークル…パリピ…ナイトプール…」

あらぬ方向に妄想が膨らみ始めた沙織。
綾音は彼女を放置して、先ほどまでに整理した内容を基に商談の台本作成に取り掛かった。

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