第十章 龍鬼の異変2

「この集落の中なら邪悪な存在は入ってこれませんので、神子様が一人で出歩かれても問題ないと思いますよ」

「そうだな。いつもいつも俺達と一緒だと疲れちゃうだろ。たまには一人でのんびりしてこい」

「有難う御座います。ではさっそくちょっとこの近くを散歩してきますね」

優人の言葉に伸介も同意して頷く。神子は嬉しくて笑顔になると小躍りする勢いで宿として借りている家から出た。

「神子様あんなに嬉しそうに……やはりこうしてみるとどこにでもいる普通の女の子なんですね」

「いつも男ばかりに囲まれていちゃ窮屈だろうよ」

文彦が出かけていった彼女の姿を微笑まし気に見送りながら言うと、喜一がそりゃそうだって感じて話す。

「男ばかりって……私と信乃がいるじゃないの」

「レイは男の中に混ざってても違和感感じないけどね。信乃はどことなく神子様に似ててちょっと心配ではあるかな」

それにレインが唇を尖らせ抗議すると弥三郎が不思議そうな顔で言った後信乃を見やり語る。

「で、でも私も紅葉や修行僧の方達と過ごす事が多かったので、男の人の中にいるのには慣れてますから、神子様みたいに女の子らしくはないかもしれません」

「いや、そういう事ではないと思うのだが……まあいい。オレ達もたまには自由行動と行こう」

その視線を受けて彼女が慌てて回答すると、亜人がそれは違うと言いたげに呟いたが、首を振り切り替えるとそう話して皆思い思いに過ごすこととなった。

「この集落は邪悪な存在がいないせいなのか空気が澄んでいてとても綺麗……」

「神子様」

集落の中を散歩しながら近くに咲く野の花を見詰めていると、優しく声をかけられそちらへと振り返る。

「あ、龍鬼さん」

「神子様もこの辺りに着ていらしたんですね。またお会いできて嬉しいです」

そこには穏やかな微笑みを湛えた龍鬼が立っていて、彼の姿に彼女はまた会えて嬉しいといった感じで笑う。

龍鬼も同じ気持ちなのかそう言うと嬉しそうに微笑んだ。

「私もまた龍鬼さんに会いたいって思ってましたので、こうしてお会いできて嬉しいです」

「神子様もそう思っていてくださっていて嬉しいです。旅は順調ですか?」

神子の言葉に嬉しそうな顔で言うと続けて尋ねる。

「はい。今のところ怖いくらい順調でだからこそこれから先に不安を抱いてます」

「……神子様の旅は世界を救うためのもの。だからこそみんなが神子様の事を慕い、崇めるんです。ですが、神子様と話していて神子様もやはりどこにでもいる普通の女の子なんだなって思いました。ですから邪神を倒すために旅をしていて恐れを抱かないはずもないですし、不安にならないはずもない。でも大丈夫ですよ。神子様ならきっと……」

「えっ……」

不安がる彼女へと龍鬼が柔らかく微笑み諭すように話す。そしてじっと見つめられ神子はたじろぎながら彼を見やった。

「っぅ!?」

「龍鬼さん?どこか苦しいのですか」

すると突然心臓を掴み苦しむ彼の様子に彼女は驚き心配して尋ねる。

「……くっ……な、何でもないです。時々こうして何かわからぬ思いに体が支配されそうになる時があるんです。もう、大丈夫です」

「頭が痛いのですか?」

苦しむ胸を押さえ荒い息を整えながら頭を抱える龍鬼の様子に、神子は更に心配して聞いた。

「心配には及びません。もう落ち着きましたので。もしかしたらこれが自分の記憶喪失と何か関係があるのかもとも思いますが、それが違っていることを願いたいのです」

「違っていることを願いたいって、どうしてまたそんなふうに思うのですか」

落ち着きを取り戻した彼が悲しそうな顔で話す言葉に、彼女は意味が分からず首をかしげる。

「……神子様。おれは神子様が好きです。だからこそ、この思いを消したくはない。記憶が戻ったらもしかしたらおれは今のおれとは全く違う性格の人になっているかもしれない。そう思うと恐ろしいんです」

「龍鬼さん……龍鬼さんは私の事を気にかけて下さるとても優しい人です。ですからどうか記憶が戻って私の事を忘れてしまったとしても、私は悲しんだりなんかしません。龍鬼さんの記憶が戻ることが一番いい事だと思うので」

神子へと視線を戻した龍鬼が寂しそうな、何とも言えない瞳で彼女を見ると、困ったように微笑む。そんな彼へと神子は思った事を口に出し伝えた。

「神子様……おれはそろそろ行きます。ここはおれがいてはいけない場所のようですから」

「また、会えますか?」

「運命が巡り会わせて下さればまた……お会いできるでしょう」

龍鬼がそう言って立ち去ろうとするので神子は慌てて声をかける。それに振り返り優しくも悲し気な微笑みを浮かべて答えると、一礼して集落の外へと向けて歩き去っていった。

「神子様。悪しき気配を感じたが、なんともないか」

「栄人さん。悪しき気配って……この集落には悪い存在は入ってこれないのでは」

慌てて駆け寄ってきた栄人の言葉に神子は不思議に思い尋ねる。

「その通りだが、この近くで邪悪な気配を感じたんだ。もしかしたら集落の近くに邪神が放った荒魂とかが出現しているのかもしれない。神子様。念のためこの辺りを見て回って来るから、貴女は皆のいるところに戻るように」

「はい」

彼がそう言うと武器を手に集落の外へと向かっていった。彼女は返事をすると皆のいる家へと戻る。

「荒魂達の姿は確認できなかったが、もしかしたら邪神がこの周辺を調べるために触手を伸ばしていたのかもしれない。神子様。旅立つなら早めにこの集落を出た方がいいだろう。じきに邪神の放った邪悪な存在がこの近くへとやってくるかもしれないからな」

「神子様がこの近くにいると知れば邪神は、荒魂や悪鬼や魔物を使い襲い掛かってくるかもしれませんからね。皆さん僕達についてきてください。邪悪な存在がとおることのできない神道を通って次の町へと向かいますので」

栄人の言葉に皆の間に緊張が走る。その様子を見た優人がそう提案すると兄弟の後について家を出ていった。

こうして神々の通る道を使い集落の外へと出た神子達は次の町へと向かう。町に到着する頃には夜の帳が降り始めておりその日は宿に泊まることとなった。

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