見出し画像

修行と体調管理

日本とヨーロッパを修行のために往復する生活のなかで毎回気をつけていた
「コロナ」
帰国するたびに陰性証明書が必要で、何度も何度もPCRテストを受けてきました
今回の修行はオーストリアの田舎町
しかし、マスタークラス期間の途中に体調を崩し、寝込む事態に陥った私
異国の地でコロナに感染して療養・回復、無事帰国したという大きな経験を言語化しておきたいという気持ちと、誰かの参考になればと思い、綴っていきたいと思います
帰国の飛行機の中で、忘れないようにと箇条書きのようなメモをそのままこちらに記事として残しておきます(もしかしたら今後追加していくかも…?)

8月21日

今回のマスタークラスでは朝の8時から気功のクラスがあり、それを経て朝食を食べていた
この日は朝起きると喉に違和感
私はよくヨーロッパに来ると空気の乾燥もあり、扁桃腺を腫らしてしまうことが多く、喉の痛みはよく起こる
またか…と思いながら、そして身体には特に違和感を感じず、気功のクラスへ出席して朝食を普段通りに食べる
午前中は友人たちのレッスンを聴くために学校へ向かい、お昼は友人たちと一緒に食べる
しかし、疲れているなあという感覚が抜けず友人たちに断って、午後は部屋でお昼寝をしたりしてゆっくり過ごすことに
喉の痛みもあったので、ロキソニンを1錠飲んでおく
(朝から晩まで英語で過ごしていて、食事の時も英語で高速会話&笑顔で過ごしているのは流石に大変だったなあと思い、マスタークラス中盤ということで疲れが出ていたのだと思っていた)
夜は教授コンサートがあるから、それまでに回復しようと思うも、疲れは取れない
今日は早く寝ようと思いながら、教授コンサートへ行く

この時の「疲れ」が倦怠感だったと後日気がつく…

8月22日

朝起きてもやはり疲れている
喉の痛みも継続して残っていて、首をかしげる
なんとなく頭の火照りを感じ、頭痛も少しある
雨が降って、気温がぐっと下がったため、気分も体調も下降気味
どんよりしたまま朝食をとり、午前中は友人たちのレッスンを聴きに行くものの、座っていることがきつくなり、部屋に帰ることに
外気温も下がっていたのと、寒気が限界で街にある洋服屋さんでとにかく暖かい洋服!と思い、ニットを購入
Apotheke(アポテケ・薬局)へ行って、うがい薬を購入
喉の痛みを相談したところ、ウィーンのオペラ歌手も愛用するという喉タブレットを勧められる
ひたすら飴とタブレット、うがいを繰り返す
食欲がなく、日本から持ってきたスープを飲もうとするも、マグカップを借りることが出来ず断念
なんとかお昼ご飯のメニューにあったスープを飲み、ロキソニンを飲んでおく
午後はハイキングに誘われたものの、どう考えても動けないということで断る
部屋でお昼寝と思ったが、しっかり寝た方が良いと思い、完全に寝る体勢へ
夕食時間になっても起きられず、そのまま部屋で休む

8月23日

朝起きても身体のだるさは消えず、睡眠時間は十分かそれ以上にも関わらず、目の下のクマが消えない
そして声が低くなり始める(少しがらがら声?)
帰国のことを考えた時、PCRで万が一陽性が出たら…と焦り始める
そして3回目のレッスンが昼間にあり、緊張と焦りで自分で自分のメンタルを追い込み始める
寒気がひどく、とにかく持ってるものを全て着込み、這うようにして学校へ向かいレッスンを受ける
レッスンの時は集中しているため、身体の違和感は感じないが、終わった後の疲労感は数倍
昼食の時に、教授にちょっと体調が悪いと相談
教授が風邪をひいた時に飲むというハーブの薬をもらう
薬を信じてよく寝て!という声かけのもと、飲んで寝る

ちなみに、よく思い出してみればかなりふらふらでした
真っ直ぐ歩くことが困難で、部屋の中でスーツケースや机・ベッドにぶち当たってました

8月24日

昨日に比べれば、少し起きやすくなったものの熟睡感は得られず
少し空腹を感じ、朝食を食べる
まだ熱っぽいねと教授に言われ、レッスンまで休むよと話をする
30分後、教授からWhatsAppでヴァイオリンのクラス生が1人コロナ陽性だったと聞かされる
すぐに抗原検査の手配をしたから受けるようにと指示
事務局で抗原検査をしたところ、すぐに陽性との反応
(15分くらいかかるわ、と言われていたが私の場合すぐに陽性と判定される)
レッスンがあと1回、そしてコンサートで演奏するはずだったがすぐにキャンセルとなる
日本に帰国するためには陰性証明書が未だ必要なため、予定していた帰国日に帰れないということになり、ショックを受ける
教授を含めヨーロッパの皆さんには、まあしばらくここにいなさい〜などと軽い調子で言われるものの、途方に暮れる
とにかく情報を集めないといけないと思い、在オーストリア日本大使館に電話をし、どうすれば良いのか質問攻めにする
抗原検査ではコロナ陽性とは言えないからPCRテストを受けるようにとの指示
フライトの変更もPCRテストで陽性だったという証明がないとどうしようもないということで、Apotheke に行ってPCRについて聞くものの午前中の2時間しか受け付けていないということで、明日の朝イチで受けることを決める
もし、抗原検査の結果が偽陽性でPCRテストで陰性が出れば帰国…という望みを賭けて、また部屋で休むことになる

8月25日

朝起きるものの、PCRテストを受けることに対して懐疑的な周りの人(ヨーロッパ在住だったり、お金払って陽性の結果見るの?と言われたり)の意見に、惑わされそうになるも日本にいる母(某地元の駅のホームで電車を待っていたらしい)と妹に喝を入れられ、Apotheke へ向かう
昨日の時点では日本用の証明書を書いてくれるとのことだったのに一転、できないと言い始めるApotheke
結果も1日かかると言われ、待っていられるか!と思い、1時間に1本のバスに乗って街まで向かうことにする
大使館のウェブサイトに掲載されていたラボに向かい、なんとかPCRテストを受けさせてほしいと交渉して、受けさせてもらうことに
お値段はかなりの額だったが、早く結果をもらえるとのことだったので、日本にいる父に心の中で土下座をしながら、結果を待つ
1時間もしないうちに電話がかかってきて、「あなた、陽性!」と言われ、陽性の結果証明書が送られてくる
FFP2マスクをつけていれば、制限なくお店やカフェに入れるので、半ばヤケクソになってケーキを食べる(甘いものも食べられるくらい気力で回復)
バスに乗って、泊まっている場所に戻り、大使館に再び電話をする
最近の型は一度PCRテストで陽性反応が出てしまうと、1か月間ほどは回復しているけれど陽性がで続けることもあり、回復証明書や領事レターの申請が必要になる
大使館から領事部の方に回され、とにかく質問攻めで、わからないことを聞きまくる
私がとにかく知りたかったのは
・オーストリアでのコロナに対する制限など
・いつ帰れるのか
・どんな手続きをしたら良いのか
・万が一のことがあった場合(重症化したり、しんどくなったとき)どこに連絡したら良いのか
・やらなくてはならないこと

現在のオーストリアではコロナ陽性となると
・10日間の接触制限
・5日目にPCRテストで陰性になった場合はその時点で制限解除
※接触制限は、隔離ではなくFFP2マスクを着用していれば日常生活を送ることが可能
・回復証明書はAGESというオーストリア政府の保健局に申請していると11日目以降にメールで自動的に送られてくる
・日本に帰国する際、陰性証明書がとにかく必要で、接触制限が解除されてもPCRテストで陽性が出続ける場合は、回復証明書とパスポートのコピーなど必要書類を在オーストリア日本大使館に申請すると領事レターを取得することができる
この領事レターを持って、帰国することが可能

これらの情報を得て、AGESへの登録やフライトの変更に奔走
AGESは全てドイツ語で、大使館から送ってもらった書類を参考に手続きをする
さらに保健局から電話があり、感染経路や症状について、いつから症状があったか聞かれ、オーストリアのコロナルールや次PCRテストを受ける日などの指示を受け、Good luck!と言われる
マスタークラスのために泊まっていた宿泊施設から明日出てほしいと言われ、小さい街では少し不便ということで、5日間ほど泊まるホテル探しを開始
幸い交通機関もFFP2マスクがあれば使うことが可能だったので、ウィーンまで移動することに決める

次々にヴァイオリンクラスの友人たちが、コロナ陽性になったあと連絡がくる
症状は千差万別で、誰でもなるのだなあとコロナの恐ろしさを実感
人によっては熱で動けない、味覚・嗅覚がわからない、呼吸困難なりかけなど

8月26日

倦怠感はだいぶ抜け、咳と痰に悩まされる
一度出ると止まらなくなり、FFP2マスクの息苦しさもあって移動中は水と飴が欠かせない
日本での予定を全て変更することに、移動中とこの日は奔走
AGESからメールが来ると大使館からの資料には書いてあったものの、なかなか来ないと思いAGESに電話をする
ドイツ語訛りの英語の担当者とどうにかこうにか説明を繰り返して話をつけ、状況を説明してもらい、メールが到着
(結局、これはAGESが使っているメールに添付されるコードの呼び方が大使館の資料に書いてあった名称と違っていて、お互い混乱が起きていただけだった)
食欲も少しずつ戻り、食べられるようになってくる
とにかくいろんな手続きをしなければならない、気を確かにしていないと帰れないと気力で全てをカバーする笑

8月27日

倦怠感はなくなり、咳と痰が引き続き残る
喉の痛みはなくなり、少し安心
鼻水も多くずるずるとしているが、顔色もだいぶ良くなってくる

8月28日

日曜日ということでいろんなお店が閉まっているが、駅のカフェに行ってみようと思えるくらい回復
昨日からヴァイオリンの練習を再開し、ほぼ通常通りの練習をこなせるようになってくる
時折咳が出るが、昨日より回数も少なくなってくる

8月29日

未だ咳はあるが、鼻水は少なくなってくる

8月30日

保健局からPCRテストを受ける指示された日ということで朝1番にPCRテストセンターへ向かい、結果を待つ
無事陰性!日本の証明書も入手することができたため、帰国のフライトを調整してもらう

8月31日

予定より5日遅れて出発
2時間30分のフライト、2時間のトランジット、13時間のフライト
My SOSの登録も問題なくでき、青色の画面になってほっとする
飛行機の中では水分をちゃんと摂るように意識をし、時折咳き込むものの飴で抑えることができる感じ

9月1日

入国の際、My SOSを見せる
質問票登録に陽性者・感染者との接触はありましたか?咳などの症状はありますか?などの質問に対して、ありと回答していたので、検疫担当の方に詳細を聞かれる
自分自身が罹患していましたということ、オーストリアの規定に沿って療養、帰国のためのPCRテストで陰性となり証明書登録もできたことを伝えると、納得(?)され、大きなトラブルなく入国
帰国…!

現在

と、10日ほどの私の体験記でした
今は少し空咳のような咳が時折出ますが体調には問題なく、元気に過ごしています
(リスケしてもらった予定を取り戻すべく、そちらに奔走中ですが…)
嗅覚や味覚には問題なく、体調を崩していた時も普通に味や匂いはわかっていたので、さまざまなパターンの症状があるのだなあと思いました
身体は大切にしないといけないなあという自戒と、違和感に対してどのように対処していくのか、もっと自分の身体の調子に目を向けるべきだなあと思いました
ついつい音楽に全力で、自分の体調を後回しにしてしまう私ですが、今後は気をつけようと改めて思った経験でした

思ったこといろいろ

異国の地で体調を崩す・療養するということで体調は戻ってきても、メンタル面でかなり苦しめられた気がします
海外での生活はとても好きで、母国語以外に囲まれて過ごす時間は、私にとって心地良いものですが、自分の拠点がこの国ではない別の場所にある以上、突発的に起きた予想外の長期滞在や煩雑な手続き、刻々と変化する情報と状況に翻弄され、母国語以外での電話やメールでのやり取り(できる限り正確に自分の状況を伝えなくてはならない)というのは、思った以上に自分に負荷をかけます
そして、自分が外国人で異国の人間であることを痛烈に感じます
この居心地の悪さというのは、なかなか消えるものではありません
FFP2マスクをつけている時の視線や悪目立ちをしてしまう感覚というものはなんとも言えない気持ちになります
幸い、土地勘のある後輩が留学のために街に来ていることを知り、ホテル探しに協力してもらったり、万が一何かあればヘルプを求められる環境を自分で構築してセーフティーネットのようなものを作れたことやマスタークラスで知り合ったピアニストの先生やお世話になった教授と連絡する手段を持っていたことは唯一の安心材料でした
また、自分の語学力とこれまで培った経験とコミュニケーション能力を武器にして、毎日がサバイバルでした
ゆっくり休養することも必要だと分かっていても、常に頭のどこかでいろんな想定を繰り返しているからか気がそぞろになってしまうことも多くありました

自分の緊張をコントロールすること、体調に目を向けること、メンタルを安定させることなど、自分を客観視して何が必要なのか見極めることの難しさと重要さを再確認した10日間でした

みなさんもどうか体調に気をつけてお過ごしください🙌

Bis zum nächsten Mal!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?