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直球ですみません

読書感想文で賞をもらう、なんて、教師に気に入られるのが得意なつまらない優等生のやることで、そこで身についた文章術は、のちに論文や批評を書くのにはむしろ邪魔だ。そんなことを言うひともいるのだろう。ところで僕は、高校生のとき、読書感想文で賞をもらった。もらったのは全国の賞じゃない、校内のささやかな賞(学年でふたり選ばれる)。「出しても出さなくてもいい課題」として出されたその課題に、夏休み、僕は勝手に「本にまつわるエッセイを書く練習」だと思って取り組んだ。いつか文章を書く仕事をするんじゃないかと思っていたから。

新学期に入ってしばらく経った、9月のある日。古文の先生に突然、校内図書館に呼び出された。劣等生だったけど、違法行為に手を染めようなんて発想は微塵も持たない、ただの勉強のできない生徒だった僕に、いったいなんの用があるというのか。

「きみの感想文、おもしろかったよ」

図書準備室のソファーに座った先生が、いつもの黄ばんだ扇子を広げ、パタパタさせながら話しはじめた。『ライ麦畑』なんて、直球ですみません。別にそんなことを言った憶えもないけれど、いまなら言ってしまいそうだ。ベタなほうがいいだろう、だとか、そんな打算もなく、ただただ村上春樹が翻訳していたから読んだ『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。金持ちの子弟がゴチャゴチャうるせえこと抜かしてるな、と主人公に悪態をつくような内容を(いちおう、やんわり朗らかに)書いていたはずなので、全国ではいっさい通用しなかった。でも、先生が楽しく読んでくれたなら、それだけで僕には充分だった。

賞状と一緒に、5000円分の図書券をもらった。その図書券で、ハードカバーの『海辺のカフカ』上下巻を買った(文庫が出るまで待たなくて済んだ)。村上春樹が好きなので。講堂での表彰のあと、友達が声をかけてくれた。

「はじめてのギャラだね」

16歳だった。そのあと僕は、文章の仕事をすることなく、なぜかイラストでギャランティーをもらうようになった。なんでだろう。当時、テレビではテツandトモが大ブレイクしていて、さほど必然性はないのに、感想文のどこかに「なんでだろう」で終わる段落をつくったことはよく憶えている。なんででしょうね。昆布が海の中で出汁が出ないのは、昆布がまだ生きているからで、死んだら出汁は出るらしい。僕はまだ、生きている。

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