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映画「ソナチネ」何がすごいのか。くのきゅー的考察&感想まとめ

※ネタバレ有り


これまで数回に渡って思いのままにレビューを書いてきた北野武監督の映画「ソナチネ」。
映画を観て気づく度に記事にしていたら何だかまとまりがない気がしたので、今回は概要をまとめたものを掲載する。

他の方のレビューを読んでいると、たまに「どこが面白いのか」「使い古されたストーリー」などという感想があった。
ちょい、待て待て。違う、違う。
なぜすごいと思うのか、どこが魅力的なのか、説明するから。
とりあえず、これを読んで、また映画を見直してほしい。
それでもその感想なら、うん、、、仕方ない。

(詳細を読みたい方は一番下に貼ってある過去記事をどうぞ。)



先にネタバレしちゃう

滑稽さと、お笑いがあるのはあからさまに見える部分だけではない。
それが可笑しい。
村川組の舎弟の津田という男が来ている服に書いてある文字「EXPOSURE」(=暴露という意味)だ。
この津田の言動がこの映画の一部ネタバレをしている。


コンパクトにまとまった哲学的テーマ

まるで銃でパンパンパン、と連続撃ちするかのような、鮮やかな手法。
時間にして1分くらいだろうか。その短い時間の間の中にこれだけの重いテーマがギュッと詰め込まれている。
どこの場面かというと、
・村川が夜の浜辺で佇み、自殺をしそうな雰囲気(自分の死)
・暴漢を殺す(他人の死)
・幸と男女の関係になる(性→生)
しかも、他人(雀荘の店主)を殺めること、性行為を行うこと(父親を殺した理由のジョークを話す場面での発言)が村川の言葉では「ヤッちゃう」の一言で表現され、同じくらいの重さ(軽さ)で表現されていること。

入れ子構造の構成

村川の誕生〜成長過程を経て死までをなぞって再現するかのような作り。
紙相撲、相撲、落とし穴、宴、ヒットマンの行動など、すべてが比喩になっている。
この入れ子構造部分が「ソナチナ」と題した所以かもしれない。

全体構成を眺めていると、これが一つの音楽のようにも見えるし、数式のようでもあり、プログラミングされたシステムのようでもある。
どれに置き換えても、美しく魅了される。


ロシアンルーレットの場面

これは一見すると子分たちを弄ぶ(チャカで茶化してるw!?)かのようなシーンだが、裏にテーマが走っている。
それは、村川が子分のケンに対して試す場面だからだ。
同時に、親が子供の成長と自立を願い、餞と別れを意図している場面でもある。
しかし、これを敢えて前面に出さないのは、村川の主義でもあり、北野監督のセンスが光る映画だからでもある。
個人的に、映画の中でここが最も感動した部分だ。


エレベーター銃撃戦

これは推測の範囲に過ぎないが、村川たちがホテルのエレベーターに乗ったとき、行きと違い緊張感が走っている様子、その理由は高橋の「匂い」を察知したからだ、と思われる場面。
通常、映像作品では「匂い」を表現することは困難だと思われる。
「匂い」を観客に「匂わせる」。
監督は、その難しさと面白さに挑戦している気がしてならない。


エンディング

死の場面に際して、村川がケンに送った視線と、幸が村川に送った視線に統一感を持たせることで、幸と村川との別れを絶妙に描いており、描きすぎないことでより一層、人物の奥深い心理まで想像させる巧妙さ。美しさ。


ひとりごと。

これは本作品と関係ないのだけれど、
このソナチネを鑑賞した後に北野監督の他の作品である、「HANA-BI」「アキレスと亀」「菊次郎の夏」を観た。
「北野監督は諦めて魂を売ってしまったのか」という見方もできるし、「そもそも、超える作品を生み出せなくなった」あるいは「観客のことを見限ったのかな」という見方もできる。

例えば、「菊次郎の夏」のヒッチハイク場面。「これぐらいやらないと乗せてくれないよね」というようなことを言って、正男(子供)の顔に描いてしまう。
=これぐらい説明しないと、観ている人は分からないよね。という監督の映画作りにおけるスタンスとして置換される。

映画そのものとして笑いが含まれているのでそこそこ楽しむことはできるけど、でも。でも。
可能ならまた「ソナチネ」に匹敵するおもしろい作品を生みだしてほしい。
そう切に思った。



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