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【無料解説】旧敵国条項は死文化しています。という出オチ記事|政治初心者の教科書

出オチ

保守派が防衛費の増額や防衛力の強化を訴えた際、リベラル・左翼と呼ばれる層から「敵国条項」を挙げての反対論が出る。

昨今は日本国憲法の改正が過去最大に話題となっているが、これに関しても同様に「敵国条項」を挙げて否定的な論を展開する者がある。

「敵国条項」とは、国連憲章に於ける「第二次世界大戦に於ける敵国(日独伊等の枢軸国)が侵略政策の再現を試みた場合に軍事的制裁を課すことが容認される」という決まりを言う。

リベラル・左翼は之を根拠に「防衛費の増額や防衛力の強化は侵略の為の再武装と捉えられるから、実行すれば軍事的制裁を受ける」と主張し、国連憲章には実際に敵国条項が存在する為、不安を覚える方も少なくないことだろう。

体感として之を主張するのはれいわ新選組の支持者に多い気がするのだが、実際に、れいわ新選組のホームページには以下の文がある。

日本は今こそ、専守防衛と徹底した平和外交によって周辺諸国との信頼醸成を強化し、
北東アジアの平和と安定に寄与していくときです。
日本は国連憲章の「敵国条項」によって、敵基地攻撃能力や核配備など重武装は不可能です。
また、核抑止力が破綻したのがロシアによるウクライナ侵略でした。
唯一の戦争被爆国として、日本は、核兵器禁止条約を直ちに批准し、
「核なき世界」の先頭に立つことにより地域の安定をリードしていきます。

⑭専守防衛、徹底した平和外交 核廃絶の先頭に立つ
れいわ新選組 参議院選挙 2022 緊急政策
「日本を守る」とは「あなたを守る」ことから始まる
(https://reiwa-shinsengumi.com/sanin2022_kinkyu/)より引用

"日本は国連憲章の「敵国条項」によって、敵基地攻撃能力や核配備など重武装は不可能です" とあるが、岸田文雄政権が安保三文書の改定に依り「反撃能力(敵基地攻撃能力)」を保有すると決定(2022年12月16日)して以降、我が国は何れかの国から軍事的制裁を受けただろうか。

此の時点でれいわ新選組・山本太郎代表の主張が破綻していることは明白である。

更に言えば、れいわ新選組・山本太郎代表は「また、核抑止力が破綻したのがロシアによるウクライナ侵略でした」としているが、「核保有国であるロシアが核を放棄したウクライナへ軍事的侵略を開始し、どの国も核保有国であるロシアに対して直接的に軍事的制裁を課すことができていない」のだから、ロシアに依るウクライナ侵略は核抑止力を此れ以上なく証明したと言える。

以上、出オチ記事である。「敵国条項」は意味を為していない。

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※本記事は以下の記事を読んで書く事を決めた。

上記記事では簡潔に敵国条項の死文化が解説されている。

由って、「実際の決議内容等には興味がなく簡単に理解したい」という方には上記記事をお読みいただければ幸いだ(其の前に本記事のスキ(♡)を押していただけると嬉しい)。

本記事では読者の理論武装を可能とすべく、実際の決議内容等を御紹介しながら進めたいと思う。其の為に少し長くなるが、お付き合いをいただけると嬉しい。

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敵国条項とは

此処からは、「敵国条項」について詳しく解説しようと思う。

「敵国条項」とは、国連憲章の第53条、第77条、第107条を指す。

国連憲章第53条

1. 安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。

2. 本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。

国連憲章第77条

1. 信託統治制度は、次の種類の地域で信託統治協定によってこの制度の下におかれるものに適用する。
 a. 現に委任統治の下にある地域
 b. 第二次世界大戦の結果として敵国から分離される地域
 c. 施政について責任を負う国によって自発的にこの制度の下におかれる地域

2. 前記の種類のうちのいずれの地域がいかなる条件で信託統治制度の下におかれるかについては、今後の協定で定める。

国連憲章第107条

この憲章のいかなる規定も、第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。

上記は何れも「国連憲章テキスト|国際連合広報センター(https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/)」から引用している。

敵国条項の内容

第53条第2項「本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される」が指す国は、日本、ドイツ、イタリア、 ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、フィンランドの7ヶ国であると我が国政府は認識している(外務省が掲載する「日本と国連」(2001年7月)を参考)。

第53条第1項の前段では、国際連合安全保障理事会の許可なく強制行動を執ることを禁じている。然し、後段に於いて、敵国(枢軸国)が戦争により確定した事項(第107条)を反故にして侵略政策の再現を試みた場合は、此の限りでないと定める。

第107条が言う「この敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極」とは、"れいわ山本代表が主張する「旧敵国条項があるから反撃能力を持つことはできない」は本当か(田上嘉一)" に拠れば以下の通り。

ドイツを敵国として対象とするもの

・チェコスロバキア・ポーランド同盟条約(1947年)
・ルーマニア・ハンガリー友好協力及び相互援助協定(1948年)
・ソ連・ルーマニア友好協力及び相互援助協定(1948年)
・ソ連・ブルガリア友好協力及び相互相互援助協定(1948年)
・ソ連・フィンランド友好協力及び相互相互援助協定(1948年)

日本を敵国として対象とするもの

・ソ連・中国友好協力及び総合条約条約(1950年)

"れいわ山本代表が主張する「旧敵国条項があるから反撃能力を持つことはできない」は本当か
|Yahoo!ニュース
(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/191d46d12cfde7facd8fa798ac9e164b0f0963a8)より引用

此れ等の条約は全て失効しており、国連憲章53条1項後段に基づいて敵国条項が発動される条約は既に存在しないのである。

第77条は信託統治(国際連合の信託を受けた国が非独立地域を統治する制度)に関する条文であり、其の対象として「第二次世界戦争の結果として敵国から分離される地域」を挙げている。

第107条は「第17章 安全保障の過渡的規定」に存在し、敵国(枢軸国)が戦争の結果として受け入れたこと(占領政策等)は国連憲章に優先する旨を定めている。

国際連合が恰も世界平和の為の中立機関として設立されたかのように考えている者も少なくないが、此の規定を見れば解る通り出発点は単なる戦勝国連合であり、現在の姿は之に敗戦国や其の他の国が加盟しただけに過ぎない。

第107条の「責任を負う政府」については名指しがされておらず対象が不明確であるが、一般に米英仏ソ中(ソビエト連邦の継承国はロシア連邦、中華民国の継承国は中華人民共和国)を中心とする連合国(戦勝国)であると解されている。

死文化

我が国に於いては敗戦後暫くして「敵国条項」を問題視する声が挙がり始めていたが、ソビエト連邦が中華人民共和国の中国代表権の承認を盾に取り国連憲章の再審議に反対していた為に撤廃は叶わず(中華人民共和国の中国代表権承認及び中華民国政府の追放が採択されたのは1971/10/25)。

平成2年2月27日 米大使あて

具体的に事が動いたのは1990年のことである。我が国政府がアメリカ政府に対し、米大統領から敵国条項削除を提起するよう打診したのだ。此れは「平成2年2月27日 米大使あて外務大臣発 日米首脳会談(旧敵国条項問題等)」に記されている。

2. そのような中にあって、国連憲章の旧敵国条項(第53条、第107条)の存在により、我が国が米国を含む連合国との間で国連憲章上は恰も「旧敵国」として律され続けているかのような、形式的には極めて不自然な状況が継続してきた。この問題についての我が方の法的立場は、日本が国連加盟国となった以上、旧敵国条項の我が国への適用はなく、我が国にとって無関係な条項であるというものであるが、それにしてもそれが政治的には我が国の国民の感情にそぐわないものであり、これまでも我が方は機会をとらえ、この不合理性を国際社会に訴えてきたところである。(後略)

5. ついては、本件はあくまでも非公式な打診であることを十分説明しつつ(できれば、海部総理の要請に応じ、米側として理解を示したという形をとることは対外的に避けたいので)、今次首脳会談で、米側として、ブッシュ大統領の自発的申し出として、上記内容のステートメントないし発言を行う可能性につき、検討のための十分な時間がないことは重々承知するも、米側の感触を大至急打診の上、結果回電ありたい。

平成2年2月27日 米大使あて外務大臣発 日米首脳会談(旧敵国条項問題等)
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/shozo/pdfs/2021/523_06.pdf)より一部抜粋

日ソ共同声明

其の後、1991年の日ソ共同声明の18に於いては、"双方は、国際連合憲章における「旧敵国」条項がもはやその意味を失っていることを確認する" と明記された(https://www8.cao.go.jp/hoppo/shiryou/pdf/gaikou35.pdf)。

国際連合総会決議 A/50/52

そして1995年、国連総会に於いて、敵国条項が時代遅れ(obsolete)であることが認識され、削除(deletion)へ向けての憲章改正手続を開始する意図を表明する総会決議 (A/50/52)が、賛成155、反対0、棄権3(北朝鮮・キューバ・リビア)に拠り採択された。

Recognizing that, having regard to the substantial changes that have taken place in the world, the "enemy State" clauses in Articles 53, 77 and 107 of the Charter of the United Nations have become obsolete

世界で起きた大きな変化を考慮し、国際連合憲章第53条、第77条および第107条の「敵国」条項は時代遅れになったことを認識する

3. Expresses its intention to initiate the procedure set out in Article 108 of the Charter of the United Nations to amend the Charter, with prospective effect, by the deletion of the "enemy State" clauses from Articles 53, 77 and 107 at its earliest appropriate future session

3. 国際連合憲章第108条に規定する手続を開始し、将来に向かって効力を有するように、第53条、第77条及び第107条から「敵国」条項を削除することにより憲章を改正する意図を、将来の最も早い適切な会期において表明する

A/RES/50/52 15 December 1995|UNITED A NATIONS
(file:///C:/Users/%E3%81%9F%E3%81%8B%E3%82%84%E3%82%93/Downloads/A_RES_50_52-EN.pdf)より抜粋及びDeepL翻訳に依る翻訳

此れが所謂「死文化」の決議に当たる。

2005年国連首脳会合成果文書

更に、2005年9月の国連首脳会合に於ける成果文書にも "時代遅れとなった「敵国条項」を憲章から削除する" と明記されている(https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/921/)。

なぜ死文化なのか

国連憲章の改正は「総会を構成する国の3分の2の多数で採択され、かつ、安全保障理事会の5常任理事国を含む国連加盟国の3分の2によって批准されて可能となる(国連憲章の改正|国際連合広報センター)」が、之には各国の国内手続きを含め膨大な労力が掛かるので「敵国条項の削除」は実現していないが、其の労力を必要としない「死文化を確認する総会決議」に依って「敵国条項」は死文化されているのだ。

抑々、死文化まで確認されている「敵国条項」について、我が国やドイツ等の敗戦国以外の国が労を掛けて云々する理由がないのである。

敵国条項の削除

また、実際に「敵国条項の削除」を行うとして、日ソ共同声明に於いて「敵国条項」を「意味を失っている」と確認したソビエト連邦の後継国であるはずが、北方領土問題について敵国条項を持ち出すロシア連邦は確実に反対することだろう。

我が国固有の領土である尖閣諸島の領有権を主張して領海・領空侵犯を繰り返す中華人民共和国も、同じく反対することが予想される。中露が反対する即ち「安全保障理事会の5常任理事国を含む国連加盟国の3分の2によって批准」が叶わないことを意味する。

可能性があるとすれば、ロシアがウクライナ侵略に関連して壊滅的状況へと追い込まれ、中華人民共和国も同じ道を  経済破綻に由ってか台湾有事に由ってか  辿り、中露の力が消し飛んだ場合であろう。

実際問題

然し、「敵国条項の死文化」は国連決議に於いて確認されているのであり、中露が発動しようとも西側諸国が其れを容認する筈がないこと、ロシアも脅しに「敵国条項」を利用するものの、我が国の集団的自衛権の行使の限定容認(第二次安倍晋三政権)や防衛費の倍増(岸田文雄政権)、反撃能力の保有(岸田文雄政権)等に対して発動を匂わせすらしなかったこと等から、現実的に発動されることはほぼ有り得ないと言って良い。

仮に我が国が核武装を行うとしても、我が国と同じく「敵国条項」の対象であった独伊がアメリカとのニュークリア・シェアリング(核共有)を行っており何ら問題が起きていないことから、此の場合も問題ないだろう。

また、核保有は現行の憲法第九条と照らしても可能であり、米国に於いて我が国の核武装が少なからず議論されているが、此処でも敵国条項云々という話は出ていない

此れ等を鑑みるに、国連憲章に於ける「敵国条項」は死文化されており、我が国が他の国連加盟国と異なる扱いを受けることは、現実として考え難い。

世界は既に「連合国 vs 枢軸国」から「西側 vs 東側」へと体制を変化させているのであって、西側諸国にとって対東側の最前線に位置する我が国が敵国条項云々といって蹂躙され奪われることを容認する理由はないのである。

とはいえ、敵国条項云々に関係なく、ウクライナを侵略して2年以上が経過するロシアは我が国の北方領土を不法占拠し続けている隣国であり、近頃きな臭くなっている北朝鮮と韓国は飽く迄も「休戦」状態であり、中華人民共和国が台湾有事を起こした場合は我が国もほぼ確実に巻き込まれる

「敵国条項は死文化されている」という事実は、決して「我が国が攻撃を受けることは有り得ない」を意味するのではない。だからこそ、岸田文雄政権は防衛力の抜本的強化を急ぎ、我々国民の命を護ることのできる環境を整えようとしているのだ。

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