見出し画像

古道をあるく 風の道【葛城の道】 奈良県 後編


前回の続き、葛城の道を歩きます。



地図で見ると三分の一どころか四分の一ぐらいしか進んでいない。

高天彦神社からスタート。

次の高天寺橋本院


高天彦神社から



里山を少し下っていく。

だいぶ雲が取れ、晴れ間が出てきて明るくなってきたのが嬉しい。





葛城山方面




すると出てきた石碑『史跡 高天原』
ここ、というよりこの辺り一帯が神話の高天原といわれる場所。



ここで一休み



そんなロマンチックなことを
意味するのね・・・





のどかな風景



冬の華






光が強ければ
影も強い






高天寺橋本院

高天寺橋本院の歴史は古く、養老2年(718年)高天山登拝のためにこの地を訪れた行基が霊地であることを感じ一精舎をたて一心に冥応し祈った事に始まります。
ある日、念想中に容体より光を放ち香気漂う十一面観音菩薩のお姿が現れ人々はこの姿に高天上人と呼び尊敬しました。元正天皇は寺地として与え、十一面観音菩薩を刻むことを許され開基しました
天平17年(745年)には聖武天皇発病の折、病気平癒祈願をし、天皇より「宝有山」の山号をいただくこととなります。
さらに鑑真和上を住職に任命するなど、高天千軒と呼ばれる格式の高い大寺院で金剛転法輪寺七坊の一つとして石寺、朝原寺などと共に権威を誇った寺であった。又、葛城修験宗の根本道場として役の小角の修行した寺でもありました。

しかし、元弘の変(1331)以後、南朝についた高天寺の修験僧・高天行秀らが陰から援助していた事から北朝方の畠山基国(1333年)や高師直(こうのもろなお)らにことごとく焼き打ちされ現在では高天寺橋本院だけが残りました。

奈良寺社ガイドより


高天寺の山門をくぐるといらっしゃる、あのお方。


護摩堂前




現在は高野山金剛峰寺に属し、真言宗の開祖である弘法太師を祀っている。
本堂の隣に大師堂がある。



本堂


御本尊
十一面観音菩薩



少しかわった境内の配置。

ここも季節ごとの花が色々咲き、華やかな様子が目に浮かぶ。




散っても



納骨堂の裏手には桜の木が、納骨堂前の庭には蓮池が。
春から極楽になること間違いなし!


その裏手の道が葛城の道になる


柵を入る







春にぜひ訪れたい



穏やかな道を行くとすぐまた柵が。


柵を出る?
また入る?
いい柵、これなら引っかからない!





ここからまた古道っぽい道に。



下り道





一度やってみたかった笑





何度見ても清々しく美しい
杉の木立とさす光






清い流れ




その流れにちょっとおっかない橋が掛かる。


距離は大したことないが
高さはまあまああり
揺れないがちょっと怖い




橋を渡るとすぐまた柵。



このタイプ、危険なヤツ!
引っかかるやつ。




出たところは、まさしく高天原を示す場所。

なるほど・・・


高天原




バックに金剛山、そして大和盆地を見下ろすこの地に降り立ったのか・・・
飛び立ったのか・・・




次は極楽寺へ


雲がゆく



冬の華火



潔し









坂を下り、県道に出てまたちょっと上がったところに


極楽寺

当寺開山一和僧都は、18才の時、南都西塔院の増利僧都の弟子として仏門に入り後、興福寺の座主に迎えられ、更に人皇六十二代村上天皇天暦4年(西暦950)には勅命により維摩会(維摩経の講釈研究会)の講師となられ、学徳共に秀で、その徳望は広く諸宗に聞えて居りました。
併し上人は名利を厭い、専ら修行修学の為静寂なる地を求めて居られました。
或る時、金剛山の東麓に、毎夜光を放つを遥かに望見せられ、奇異の思いの中にその出所を探し求められました処、そこから仏頭(弥陀仏の頭)が発掘されました。生身の仏様のようであったと申します。上人は不思議な事に驚き、これこそ有縁の地と考へられ仏頭山と呼び発掘の仏頭を本尊として草庵を結び、法眼院と名付けられました。時に天暦5年(西暦951)今を去る壱千余年前の事です。
上人は愈々浄業を修し、念仏の功を積み、屡々極楽の相を感見し、一条天皇の正暦5年(西暦993)紫雲たなびく中に仏の来迎を受けてこの地に大往生を逐げられました。依って当寺を仏頭山法眼院極楽寺云はれるのは此のような縁起によると云はれて居ります。

御所市観光ガイドより


本堂


電灯が・・・




鐘楼門




見事な梅の古木
龍のごとし



極楽寺という名のお寺、たまにあります。(鎌倉の極楽寺など)
奈良の極楽寺、謂れは奈良らしい古さと格調高し。




次は長柄神社を目指す



土が剥げた壁
よくできた中の竹格子



まだ意外と高い位置





すっかり晴れ上がった空はやはり気持ち良い!
田畑の間の道を下りたり横に進んだりと、少しずつ下っている?!


いい道


気と木がいい


畝傍山が見える




柿畑をゆく





地図上にあった住吉神社でもお参り。


住吉神社


神社も昇進、昇格があるのね・・





眼差しの先は・・・










プロ?





どんな生活をしていたのだろう?






民家の間を下る
脇には流れる水



捕獲した赤い実の蔦



ひまわり
東向く



民家の間から





新しい古道はつづく




コース上?
駅伝大会開催!
かなりアップダウンが厳しいコース





もう少し



古の人々も見たであろう
変わらない景色
今を歩く






南北に伸びる高野街道と東西につながる水越街道が交差する
名柄というエリアは、かつて様々なひとや物、文化が行き交う場所だったのであろう。
そういう地が、ここ奈良を歩いているとよく出てくる。
街道と街道の交わる宿場町や巷。



いい


どうやって作るのだろう?
杉玉




確か
中村家の屋根






ここはカフェにもなっていて
寄りたいと思っていたが・・・
時間がないのでまたの機会に





郵便局を過ぎて突き当たりを右に曲がると

長柄神社(ながら)

『延喜式』神名帳に記載され、別名姫の宮とも呼ばれ、記・紀神話に登場する「下照姫命」が祀られています。この神は天孫降臨神話の国譲りの中で、天雅彦命が高天原から出雲国へ国譲りの使者として遣わされています。天雅彦命は高天原へ復命に帰らず、出雲国で妻にしたのが大国主命の娘の下照姫です。

本殿は一間社春日造・檜皮葺・丹塗り、創建年代は不明ですが、建築様式から、1450年ころと思われます。

また、『日本書紀』天武天皇9年9月9日条に「朝嬬に幸す。因りて大山位より以下の馬を長柄杜に看す。乃馬的射させたまふ」とあり、天武天皇が長柄神社にて流鏑馬をご覧になったことが記されています。

御所市観光ガイドより


長柄神社
拝殿


本殿


いわゆる村、町の神社といった佇まいで、とても親しみやすいというか
立ち寄りやすい雰囲気だった。

でも復習で、よくよく縁起を見てみると時代はやはり天武と・・・古い。



次は一言主神社へ



こんな小川が至るところに流れる


風情あり




大木も周りの広さで
そんなに大きく見えない?!




葛城山





豊かな証





川を渡り、古い建物が見え、黄緑色の暖簾が掛かるドアが開いていたので
覗いてみたら・・・
巨大な樽が目に入る!


樽!?



正面を見れば、樽、樽、樽。

醤油蔵、初めて見る。

確かに、芳醇でまろやかな醤油の香りが蔵内にただよっていた。

こんな大きな樽で作られるとは!
誰も姿が見えないので、お話を伺うことができなかった。


年季の入った大樽


片上醤油


薫る



調べたら、昭和6年創業、奈良県産の大豆を主原料にし
杉の大樽で自然発酵、熟成させて作り無添加無調整の醤油とのこと。

樽は100年近いものもあるよう。

醤油、日本料理の基本調味料だがあまり拘って使ったことがない。
大体、ヤとかキのもの。
こんな蔵の樽や製法をみると、ちょっといいお醤油使ってみたくなる。
味もやはり違うのでしょうね。




醤油蔵からすぐに現れた、一言主神社の鳥居


ここから山に向かって上がる





杉並木の参道




冬桜?



葛城一言主神社

祭神 主神 葛城一言主大神(かつらぎのひとことぬしのおおかみ)
      幼武尊 (雄略天皇)

創建 不詳

全国の一言主神を奉斎とする神社の総本社。




拝殿



一言のお願いを聞いて叶えてくださるという。

一言って・・・どのぐらい一言?
とりあえず一つお願いした。








拝殿の前に大木が!
もう暗くなりよく見えない。

銀杏(乳銀杏)の古木、樹齢1200年とも言われる御神木。


1200年・・・
全てを見てきている
そして聴いている




こちらの手水舎の龍さんがかっこ良い!


ガッチリ掴む!
夢か希望か
願いは一つよ





熟れる
割れる
紅の玉






これは面白い!
なるほど






よもの花はさかりにて、
峯々はかすみわたりたる明ぼののけしき、
いとど艶なるに、
彼の神のみかたちあししと、
人の口さがなくよにいひつたへ侍れば、
猶見たし花に明行く神の顔

松尾芭蕉

葛城を訪れて詠んだ芭蕉の句


まわりまわって?!・・最近ずっと芭蕉の大波がワタシにきている・・・
ドッシャ〜バッシャ〜と
間違えた、ザブン〜ザブン〜でした。


なるほど・・・一つ繋がった・・ムフフ(独り言)笑





この一言主神社の参拝を終えると3時を過ぎていた。
西を背にした山の麓、どんどん陽が陰り暗くなってきている。
まだ先は少しあり急がねば!

夏ならまだカンカンに陽が出ている時間だが、冬のそれでなくても
夕暮れが早いなかの山裾歩き。




次の九品寺へ急ぐ


葛城の道は烏瓜の宝庫
ということを知った
シメシメ




盆地はまだ明るい



優しい弧




追い看板
間違いやすいのかな?




美しい棚田
稲の季節に見てみたい





いい感じの道




落ちる





こちらに・・





盆地を眺めるいい道
休憩ベンチもあった




影が広がる






野菊咲く


水仙咲く


蜜柑咲く
ん?





前掛けでなく
褌?





門限ギリギリ!?で九品寺到着


九品寺

聖武天皇の勅により行基が開基した戒那千坊の一つ。
室町時代に兵火をまぬがれて今に残る。
古刹中の古刹といえる。

御本尊の阿弥陀如来坐像は藤原時代の造というではないか
今回は拝観できなかったが、いつかぜひ拝見したいもの。

またこちらの千体石仏も拝見していないので、これも次回必ず!





見事にきれいに整った境内。
隅々まできっちりしている。
どのお寺にも言えるが、手入れがよく行き届き気持ちが良い。

一方で、苔むした灯籠や石の鳥居、枯葉が積もる神社の境内も実は大好き。



こちらも花がきれいなお寺のよう。


黄色い南天?


可憐な蝋梅





いよいよ陽が翳り暗くなってきた。

最後の六地蔵までもう一息!



碧のグラデーション




その前に駒形大重神社通過


遠目で失礼いたします!





田んぼを抜け住宅街に入ったところにいらっしゃるはず・・

一度わからず通り過ぎてウロウロ探した。

あっ、これね!笑

道の真ん中にドン!

六地蔵石仏

この地域は古代から中世にかけて、兄川の出水等により、度々災害が発生し、伝承によれば、六地蔵が彫られた大きな石も、室町時代に土石流が発生し、現在の場所に流れ着いたと言われ、その大災害に対し、村人は仏教の六道をもって衆生を救うという、仏法の精神に照らし極楽浄土を願い、その頃に彫ったと思われます。

現在の櫛羅は中世には、倶尸羅を用い、葛城山を急激に下る土砂崩れが度々発生したため、(大和志にも白砂がある)崩れが語源となっています。村人の強い信仰心から大きな石に刻んだものと考えられ、向かって右から天上道(日光菩薩)人間道(除蓋障菩薩)修羅道(持地菩薩)畜生道(宝印菩薩)餓鬼道(宝珠菩薩)地獄道(壇蛇菩薩)となっています。

御所観光ガイドより



六道の菩薩様達
長い長い年月をどっしりと見守ってこられた
6レンジャー




前からずっと思うのですが、お地蔵さんや石仏に前掛けをつけるのは
どんな意味があるのでしょう?
これ、ワタシはとにかく好きでないのです。
せっかくの彫られた姿が全然見えないではないですか!

何か強烈な意味があるなら仕方がないが、本来の姿をみたいものである。


それはさておき?!

石、岩は残る!
どんなに何月が経っても、雨風吹いても、地震や火事でさえ残ることができる。

この六地蔵様のように流され場所が変わっても、ちゃんと残り居続ける。
頼もしい歴史の遺物、いや、今でも健在の現役物!

後の一千年もまた場所が変わるかもしれないが、
どっしりと人々を見守ることでしょう。





ということでこれにて葛城の道完走ならぬ完歩。

御所駅へ。

山辺の道でもそうなのだが、終点から駅までがこれまた結構な距離がある。
石上神宮でゴールと思っても、天理までまだ数キロ歩く。
これがかなり遠い。

今回も御所駅まで1キロ以上ゆうにある。

下る。

どんどん下る。


民家が並ぶ道を東へ





クジラ





気になる石仏が
上に乗る石は?
横にも





あー酒蔵!
またの機会に・・・





すっかり沈む






盆地も暮れる






駅到着


始発駅





時刻は4寺半





11時から5時間ちょっとの歩き旅、

たった5時間で千年以上の時の流れを神社、お寺、石仏、古木などで
通り過ぎて行った。

神話のことになるとなかなか理解しにくく、一生懸命?!古事記も学んでいるが
やはり難しい。
しかし、風の吹くところに風の神様、水の流れるところに水の神様
そんなんで十分のように思えてきた。

そのような自然信仰の話がワタシにはしっくり納得できる。


この葛城山麓は水がとにかく豊かな印象。
水があれば人の生活は潤う、当たり前のことだが大切なこと。


また鴨氏が何に目をつけここに・・と歩きながら思った。
その鴨氏はどこからきたのか・・・
妄想のネタには事欠かない大和の歴史と道。





帰りの電車から




古きを歩き新しきを識る

樹と水と磐と風を感じた、冬の葛城の道を歩いた。








おまけ

近鉄御所駅の観光案内所で入手した、御所市の案内パンプレット?!が
とても素敵だったのでご紹介。


まず紙がゴージャス!
ちょっとやそっとじゃボロボロにならないタイプ。

そして画、これは版画でしょうか?
ざっくりとしたタッチで、各スポットの特徴をしっかり表現され
とても味わいと雰囲気のある素敵な絵。
写真ではないのがとても良いと思った。



そして全部開いた反対面は本格地図。
これ、最高!
そうそう、こういうのが見たかったの、知りたかったの!
と背中の真ん中の痒いところをかいてもらったかんじ(笑)

こういう位置関係ね・・・



御所市さんなかなかやるではないか!
ただ、これだけ案内には力を入れているのに、誰も歩いていないのは・・・

せっかくこれだけ見どころ歩きどころ満載の道なのに。
標識などもしっかり整備されていて、分かりやすく歩きやすいのだが・・・
ちょっとした休憩スポットが少ないとまず思った。

まあ古い道を歩くということなので、あれもこれも現代的なものはいらないが
何かが惜しい感じがしたのは確か。
でも静かにモクモク、一人ブツブツ言いながら歩きたいワタシには
もってこいでした!







この記事が参加している募集

旅のフォトアルバム

一度は行きたいあの場所

いただいたサポートは古道活動に使わせていただき、歩いた記録をお伝えしたいと思っております。よろしければよろしくお願いいたします。