『世界の適切な保存』永井玲衣 講談社#書評未満1
ただ、目の前に、存在しているだけ。
私たちは、ただ存在しているものに対して、なぜ?と問いはじめる。
問うてしまったら、最後。その問いの渦から抜け出すことはできない。
『世界の適切な保存』は、ただ存在しているものへの問いであふれている。その問いは今ある世界の形への疑問だけでなく、なぜ違う世界ではあり得なかったのかという問いへと拡張されていく。
外部の存在物への疑義は、自己もまた存在物であるという気付きへと変わる。そして、なぜ私は存在しているのか、別様の私ではあり得なかったのかと問い続ける。
私たちは理由を必要としている。私はただ存在している、理由もなく。だから、世界の奇妙さに耐えられない。存在理由があったら、人生に意味があったら、目の前の事態に適切に処理できるにもかかわらず。理由は世界の不気味さを解釈可能な領域にまで引き下げてくれる。理由は、存在への意味であり、価値なのだ。
『世界の適切な保存』は、「はじめに」も「あとがき」も「謝辞」を持たない。誰かによって作られた痕跡がすべて排除される。この本もまた、存在理由のない存在物であり続ける。『世界の適切な保存』は理由のない不気味さも保存している。
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