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書評「なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか −人間の心の芯に巣くう虫−」

「保守」というと政治的なイメージを持つかもしれないが、本書は「恐怖管理理論」について述べられたものである。

恐怖管理理論(または存在脅威管理理論)では、避けることができない「死」の恐怖が人間の主要な行動原理のひとつであり、思考・感情・行動に多大な影響を及ぼすと考える。そして、死の恐怖は文化的世界観(ある集団で共有されている信念や価値観)と自尊心によって管理され、逆に死の恐怖を思い起こさせられると文化的価値観や自尊心を守ろうとする、つまり保守的になることで死を意識の外に追いやるのだとされる。

本書の中盤では、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が引き合いに出されている。テロによって死の恐怖が引き起こされた結果、イスラム教徒を強く非難することで文化的世界観を守ろうとする一方で、ボランティアや寄付をすることで自尊心を高めようとする行動がみられたという。

最近の事例では、新型コロナウイルスによる社会不安があてはまりそうだ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する連日の報道は、死の恐怖を思い起こさせるのに十分な情報である。高齢者や持病を抱える人にとっては尚更である。恐怖管理理論に従えば、自らの信念や価値観に反する対象(営業している飲食店や県外ナンバーの車)に攻撃的になったり、医療機関や生活困窮者への寄付が増えるたりすることも理解できる。それによって死の恐怖から逃れようとしているのかもしれない。

また、このような行動は死の恐怖が意識化されているときに生じるとされる。例えば、高血圧や脂質異常が致命的な生活習慣病を招くと指摘された直後は、健康に対する価値観を守ろうとして運動や食生活に気をつけようと行動するが、死の恐怖が意識の外に追いやられると途端に元の生活に戻ってしまう、ということも考えられる。

死の恐怖を喚起させて検査や介入のきっかけをつくったり、定期的にリスクを指摘して健康行動を継続させたりすることは有用と思われるが、常に死の恐怖にさらすような介入は心理的にも倫理的にも問題がありそうだ。本書では、このような健康行動についてもさまざまな視点が述べられており、介入の手がかりになる。

リハビリテーションの対象者も、運動をはじめとする健康行動の継続はしばしば問題になり、療法士の悩みの種でもある。今後の研究が進めば、恐怖管理理論が医療やリハビリテーションに応用されることも期待できる。

シェルドン・ソロモン ジェフ・グリーンバーグ トム・ピジンスキー 著(2017年)

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