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海岸に立つドアの中へ 第715話・1.08

「いったいここはどこかしら?」女は晴れた海岸にいた。女はとても海岸にいるような恰好ではない。グレーの上下のスーツ姿でタイトスカート、黒いタイツと足の高い黒いヒールの靴を履いている。そして訳も分からず逃げるように海岸をさまよっていた。ここには海があり、砂浜が広がっている。だが、その砂浜は、はるか遠くに広がっていて、建物はおろか山すら見えない。
 あたかも砂漠が広がっているようにその先には地平線が見えるだけ。ここはまったくどこなのか? 日本ではないどこか海外、いや地球のものでもないのではと、不思議な気がしている。

そもそもなぜ女がひとりでここに居るのか、いまいちわからないのだ。

「あれは昨夜、もっと前かしら」女はここに来るまでの記憶を呼び起こそうとした。「えっと、そう私は繁華街を歩いていたの。会社帰りに友達と飲みに行った、その帰りのこと」

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 女は傘をさして少し強めの雨の中の街を歩いていた。ここは繁華街。人はまばらになっていた。「タクシーがないかしら」駅まで歩いて電車で帰っても良かったが、雨で体が濡れてきたのが嫌だったし、少し酔っていた女は、面倒だからとタクシーで家に帰ろうと思った。すると都合よく一台のタクシーが止まる。個人タクシーのようだ。
「○○までお願いします」と女は言った。「はい」運転手の一言で、タクシーは走り出す。

「あれ、道が違う」5分くらいで女は異変に気付いた。見慣れぬ道を走っている。町から外れて山の方に向かっていた。だがそのときには手遅れだったのか?急に女の記憶が遠のいてしまい、目の前が真っ暗になってしまう。

 それからしばらく全く分からない。気が付いたら海岸にいた。

「いったい、どうして?タクシーで眠ってしまって。でも何でこんな海に。だれが何のために」女はさらに考えた。「そういえば」女は記憶を失っているときに夢を見ていた。それが本当に夢なのか、それとも記憶が醒めかけて聞こえただけのものなのかはわからない。

「どうやら、こいつ別人だったぜ」「そうか、でもこのまま返すわけにはいかんな」「ええ、組織の秘密を知られてしましたからね。消すしかあるまい」「よし、こいつを異空ゲートから外に出そう」「ええ確実な抹消方法ですな」
 直後に聞こえるドアが開ような音。その後ドアが閉まったが、そこからまた突然記憶が遠のいた。

 気づいたら浜辺にいる。雲ひとつない青い空と青い海、そして地平線まで広がる砂浜......。

「せめて船になりそうなものがあれば」女は、船で沖に漕ぎ出せば、人がいるような島にたどり着けるかもしれないと考えた。だがいくら歩いても何もない。あるのは海と空と砂浜だけなのだ。

「ダメ、このまま私は彷徨ってやがて死ぬ。そして海の藻屑と消えるのか」女は絶望の淵に立たされた。本来なら気持ちいいはずの晴れた日のビーチ。今の女にはとてもそんな余裕がない。思わず砂浜の上に座り込むと、そのままあおむけに倒れた。

 何もないとはつまらないこと。ほんの数分横になって波の音を聞いたが飽きたので立ち上がった。「あれは?」そのとき女は、離れたところに今まで見たことのない白い何かが視線に入る。
 女はその白い方に向かって歩き出す。あおむけに倒れたからスーツやタイツに砂がどっぷりついて、落ちていくがそんなことは気にしない。「かすかな希望」そう言いながら白い方に向かうとその正体が見えてきた。

「あれってドア?」女は思い出す。「夢のようなとき、異空ゲートから外に投げ出された気が。え、もしかしてあのドアが異空ゲートで、そこから放り出された?」
 女はさらにドアに近づいた。見た目は木でできているようで、白い塗装がなされているドア。その周りは周りは空と海と砂浜だけで、ポツリとドアだけが立っている。女は念のためドアの反対側を見てみたが何もない。
「開けてみようかしら?」女はこのドアを開ければ、元の世界に戻れると確信した。ドアノブに手を置く。「イテ!」直後に電気が走った。静電気だろうか?
「電気?」女はもう一度ドアに手を伸ばす。ところがこのときにあることが頭に浮かんだ。

「もし、このドアの向こうが元の世界だとしても、ドアが開く直前に謎の声、組織がとか言っていた。つまり彼らのアジトに戻ったら」女は思わず身震いした。仮にドアの外が私を間違えて拉致した組織の建物とつながっているというのであれば、組織に見つかればもう命の保証はないと。

 女はためらった。迷ったという方が正しいか。
「どうしよう。でもこのままずっといても仕方ないし。このまま歩いても何かある保証はない。だったらダメもとで、開けてみる。でも命の保証はない。映画のように逃げ切れたらいいけど、私、運動神経良くないし」

 女はなおも悩む。女のほかには波の音が聞こえるのみである。どのくらい悩んだか、ついに女は覚悟を決めた。「開けてみる。そして、逃げ切るしかないわ」
 こうして女は再びドアノブに手を置いた。今度は静電気のような痛みはなかった。そしてひとつ深呼吸。ゆっくりとドアノブを回し、そして。


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シリーズ 日々掌編短編小説 715/1000

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