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水の状態 第863話・6.5

「教授、この現象は......」研究生のひとりは教授が見せた画像の風景に対して質問をした。
「では、私が答える前に君はこの画像を見てどう思うのか?」教授からの質問を受け研究生はもう一度画像を見る。
 画像は住宅街のようであった。その手前に少し高めの塀があり、さらに手前は水で覆われている。見た目からしてそれほど水深浅いように見えるが、水の色がやや茶色っぽく見えることから、洪水後の状態のように見えた。「教授、僕がイメージする限り、これは洪水の状況でしょうか?例えば近くに堤防があって決壊したようにも感じます」

 教授は研究生を見た。表情を変えないまま軽く咳払い。その後ゆっくりとつぶやいた。「君は洪水と思ったのか、確かにそう見えなくはない。だが洪水という言葉は半分正しいが少し違う。そうだ、明日実際に見た方が早そうだ。ということで、明日は外に出て、実際にこの画像の状況を見てもらう。もちろん任意だ。時間と集合場所は、後でそれぞれ個別に伝えよう」

ーーーーー

「つまり洪水ではないという事か」その日の夜、質問をした研究生は頭の中で考えた。今の季節はしばらくまとまった雨は降っていない。いわゆるゲリラ洪水的なものも全く発生していなかった。だから明日実際の状況が見えるのであれば、洪水ではないとなる。「いったいなんだろう。明日見ればわかるか」

 翌朝、教授が指定した集合場所に来た。来たが他の研究生は誰も来ておらず、質問をした研究生と教授だけである。
「よし行くぞ」教授は横にあったスポーツカーに乗り、研究生に助手席に乗るように促した。「教授は、こ、こんな車を?」「驚いたかな。まあこの車も私の研究用だよ」そう言って教授はエンジンを入れ、勢いよく車は発進。
 車は猛スピードを出す。メーターが見えないからわからないが、明らかに通常の車とは違う速度。「時速200キロ以上は出ているのか?」
 研究生は教授の運転する車の速さに、恐怖を感じていた。「あ、あそこ!」車は目の前の壁に向かって居る。それに激突したと思えば、見たこともない空間を車が走っていた。「驚いたかね。異次元空間を走行している車は」「い、異次元......」研究生は次の言葉が出ない。空想上やオカルト的な場面では異次元や異世界というキーワードは耳にするが、まさか教授からこの言葉を聞くとは思わなかったからだ。

「実在していたのか、まさか」研究生はまだ疑うが、目の前の不思議な空間。あらゆるものがアメーバーのようにグニャグニャに曲がって見える存在を見せつけられるとそれ以上は何も言葉に出ない。
「よし、出口だ!」教授は勢いよくハンドルを回すと、突然画面がいつも見るような風景に戻っていた。
「教授ここは?」「それは悪いが君にも答えられない。だが目の前を見たまえ」教授が指をさしたところを見ると、昨日見た風景がそこにある。「この場所では年々陸地が陥没していて、水が内部に入り込んでいるんだ。ある意味君が言うように洪水が起こっている状況だな。だが築地そのものが陥没しているので、ますますひどくなるだろう。あのように高い壁で覆っているが果たして......」そこまで言い終えると教授は小さくため息をつく。

「そういう世界があるんですね。ありがとうございます」研究生は一礼する。「では、帰ろうか」と教授がエンジンを動かそうとするが、一向にかからない。「ありゃりや、壊れたな。弱ったなあ」
「え、壊れたって、教授、まさか」研究生は嫌な予感を覚えたがそれが見事に的中した。教授は片手で頭を抱えながら冷静に、「そう、元に戻れなくなってしまったようだ」
「き、教授!」いつもは教授だから下手に出ていた研究生が初めてキレた。「まあ、そう焦るな。実は緊急用の脱出方法がある」「あるんですか、その方法が!」
「だが、ひとり分しかないがな。まさか君を置いておくわけにはいかんので、君が使いなさい」そう言って教授は緊急の脱出装置として動くという、ブレスレッドを研究生に手渡す。
 研究生は、シルバーのブレスレッドを手にはめる。「教授、本当に僕だけ戻っても」「ああ、いいとも。私もいずれ戻れるかもしれんし、戻れなかったら、また違う人生を歩もうかのう。ハハハハハア!」

 元の時代に戻れないのに全く恐れていない教授の姿に、研究生は初めて尊敬のまなざしを送る。「始めるぞ。今から5秒数えるので、その間は目を閉じなさい。5が聞こえてから目を開けると元に戻っているはずだ」
「わ、わかりました」今日は教授の車に乗ってからというもの、論理的にも科学的にも理解できないことが続いている。今さら疑いようもないので学生は教授に従った。
「1.2.3.4.5」教授が5を言った後に声が聞こえない。それどころか気配すらなくなった。研究生は恐る恐る目を開けると、そこは元にいた世界。教授と待ち合わせをした場所に戻っていた。「よ、よかった!」と思わず声に出して喜ぶ研究生。ところが、ここで同じ研究のメンバー数人がやや渋い表情で現れた。「何が良かったなんだ!教授が約束時間を大幅に過ぎても来ないぞ。お前知らないか?」
「え、き、教授は」研究生はそこまで言うところで口をつぐんだ。後は異次元とか研究生自身ですら理解できない世界。当然こんなことを言ったら笑われるに違いない。だから何も答えられず、「は、し、知らないよ。僕も君たち同様に集合時間に来たから」とごまかした。
 するとメンバーのひとりは同意するように頷き、「だよな。集合時間の10時30分に来たのにもう2時間も立っているよ」をつぶやく。
「え?」研究生は驚いた。研究生が教授から来た集合時間とほかのメンバーが教授から聞いた集合時間に30分の違いがあったのだ。

「なぜ僕に30分早く伝えたのだろう」研究生は教授がなぜそういう事をしたのか首を傾げた。と言っても、もう教授の姿はない。この日をもって教授は行方不明者という扱いとなった。以降誰も教授の姿を見ることがない。事実上大学から教授の席が抹消されてしまう。こうして研究生の疑問は永遠の謎となるのだった。

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