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二次元からのメッセージ 第604話・9.18

「お、間違いない。聞こえるな」アーティストの小初は、ある一枚の人物画の絵を見て呟いた。「先生、聞こえるとは?」助手で彼の作品をメディア等にプッシュしている、徳永が反応した。

「ん? 君は聞こえないのか?」冷静さを全く失わなずにやり取りをする小初だが、徳永はそのことは理解している。「はい、確かにこの絵は、椅子に座って正面を向き、まさしく私たちに向けて、視線を向けていることが分かります。しかしながら私のような凡人には、それ以上の、その、声と言いますか......」
 困ったときには意図的に大げさにアピールする徳永。小初は口元を緩め明らかに徳永を軽蔑するような視線を送りながら「フッ」と笑った。

「わかった。説明しよう。彼はこういった。『三次元の諸君、私からのメッセージは聞こえているかな?』とな」

「は、はあ?」徳永は首をかしげる。「いいよ、君は所詮私の助手にすぎないのだからさ。ただ私がいないときにはこの絵に近づくな。それだけは忠告しておこう」
「どういうことですか?」食い下がる徳永に、小初は頭に利き手を置いて辛そうな表情をした。「ああ、全く凡人は。それも答えねばならぬか。いいだろう。近づけば、絵は話しかけてくる。その会話に乗ったら最後、絵に取り込まれるんだ。だから俺は話しかけられてもスルーあるのみ。最近は向こうも理解しているな。ハッハハハハ!」小初は大いに笑った。

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「ふん、先生の才能は認める。でもあの言い方って」ひとりになった徳永は愚痴をこぼす。「私だって本当は。でも絶対に誰も信じてもらえない。あの先生でさえも」
 今日の徳永は不快で仕方がない。そして普段あまり飲まないアルコールまで飲んでいる。それほどまでに小初の言い分が納得できなかったのだ。

「う、私だって先生とは違う賜物があるんだ!」
 徳永はそう大声で叫ぶと、小初が忠告した絵に会ってみたい気がした。「なによ。確かにあの目には眼力がある。だけど絵に取り込まれるなんて。あり得るかしら? 本当にそうなるか確かめてやれ」

 こうして徳永は、合いかぎを使って小初のアトリエに入った。
 電気をつけると、例の絵が見える。徳永はわざと挑発するように絵を見つめた。10分くらいするとその絵が反応する。
「三次元の諸君、私からのメッセージは聞こえているかな」
「うゎあ、私にも聞こえた。うふ、よし、答えてやろう」と言うことで「聞こえますよ。お姉さん」と答えた。
 するとすぐに反応して「まあ、何と素晴らしい。いつもいるあいつは徹底的に無視してやがるの。あなたは反応してくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「で、ここからはいい話よ。三次元の世界は立体的で広いけど、実は大変良くないわ」「え、どういうことですか?」
 純粋に疑問をぶつける徳永。

「私は今二次元の世界にいるけど、ずっとこっちの方が良いわ。だからあなたもこっちにいらっしゃいよ」おかしなことを伝えてくる絵。このとき徳永は、初めて小初の言っている意味が分かった。
 だからここからは何も言わない。だが「急に無視なのね。あなたも酷いわね。あの男と同じかしら。なに? 何が不満なの」
 何度も徳永の意識に向けてメッセージを飛ばし続ける絵の存在。あまりにも激しいので徳永は頭が痛くなる。
「ううう、これは......」徳永は頭の辛さゆえ反応した。「わかった。でもそちらの世界に行くのは断ります」徳永はあっさりと断る。そしてここから逃げようと後ろを振り向いて絵から離れようとした。だがそれはできない。体の前に見えない壁がある。だから全く前に進まないのだ。

「逃げようったって無理よ。もうあなたは半分こっちの世界に招きました。もう逃げられません。だから大人しく観念しなさい!」「ええ?」徳永は初めてやってはいけない一歩に踏み出したことを悟る。だけど抵抗を試みた。「でも、私、今の世界に慣れてますから。悪いけどそっちに行くの嫌です!」

 絵は徳永の答えを納得しない。「ふん、そうはいかないわ。あなたはこっちに来るべき。本当にいい世界なんだから。もし嫌でも強引に引き込むまでのこと!」今までにない絵からの強いメッセージ。それを聞いた。徳永は目を見開く。「これはマジでヤバイ!」
 気がつけば目の前の空間が変わっているような気がした。小初のアトリエである周りの空間が完全にぼやけている。「え、ちょっと本当に取り込まれるの?」徳永の心臓の鼓動が早くなり、それが耳元に聞こえた。

「あ、そうか」このとき徳永はふと自らの特殊能力を使うときだとひらめく。気がつけば、絵から光が浮き出ていいた。そしてその光が大きくなりこちらに向かってくる。
「これ完全に取り込まれたら終わり。その前にこれだ!」そう言うと徳永は思いっきり叫んだ。「The technique of alter ego!」

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「うん、ああ、これは!」翌朝、いつも冷静なはずの小初の顔色が変わった。「あいつ。まさか......」小初が驚くのも無理はない。目の前にある絵、そこには、いつもの顔の横で、驚いた様子の徳永が描かれている。
「だから言ったんだ。この絵には魂が宿っている。安易な関わり方をすると魂が吸い取られて、絵の中に閉じ込められると」
 だが小初自身、その話を聞いていたとはいえ、本当に目の前に起きたことで思いっきり身震い。だがそれ以上に別の疑問を持つ。
「しかし本当に吸い取られたのか? となれば別の意味ですごい。一体この中の世界はどうなっているのか聞きたいものだ。一度入ったら抜けられないとかな」

「多分抜けれません。でも私にはその世界がわかりますよ」小初の後ろで聞こえたのは徳永の声。
「え?」小初は恐る恐る振り返ると、そこには徳永がいた。
「え! おまえ、無事だったのか?」驚く小初。もう一度絵を見るとやはり絵に徳永が入っている。

「先生、私の先祖は忍術を学んでおります」徳永は今まで小初に見せたことのない、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「あ、ああそんなこと言ってたな。でも伊賀でも甲賀でもないと言ったではないか?」

「ええ、私の先祖は伊賀でも甲賀でもない。歴史上から消えた一族です。だが分身の術だけは、先祖から代々伝授しました。そしてその絵は私の分身です」

「ぶ、分身......」「分身と本身である私とは密にコミュニケーションが取れます。昨日先生の許可を取らず、この絵と会話をしたのは事実。そのことは謝ります。だけど私には分身の術があるので、取り込まれたのは分身のみ。むしろ、このおかげで、この絵の世界が私には手に取るようにわかります」

 小初の目には恐怖に満ちた表情がありありだ。何度も本身の徳永と、絵に囚われた分身の徳永を繰り返し見た。
「先生、向こうの世界を知りたいですか?」徳永の声。小初は全身から鳥肌が立つ。そして「い、いや、また今度にするよ」とだけ言って、逃げるように部屋を後にするのだった。


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