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推しの芸人とは  第616話・9.30

「テレビに出ている芸人? そんなのつまらないよ」羽佐間は目の前で思いっきり否定した。
「え? そうかな。まあテレビだとカットされている部分があるからかもな。それなら彼らのライブを見ると、また違うだろう」と試水は笑う。だが羽佐間はそれも否定した。
「そうじゃない、もっと町中の芸人の方が推しだよ」「それって町中にいるような、大道芸人のことか?」ようやく羽佐間は頷き笑顔になる。

「いつも土日に、○○公園でやっているよ。今度一緒に行こう」

ーーーーー

 こうして、次の週末にふたりは○○公園にやってきた。「ほう、あまり気にしていたかったけど、結構いるんだね大道芸人が。
 真ん中に噴水がある公園の広場では、名もない芸人たちが芸を披露している。楽器を片手に演奏をするものや踊りのパフォーマー、あるいはジャグリングなど伝統的な大道芸を披露するものがいた。さらに顔を白塗りにしたクラウン(ピエロ)が一輪車に乗っている。
 そしてそれぞれの芸人の前では立ち止まる人がいて、その芸を楽しそうに見ていた。拍手をするファミリーや小銭を投げ銭をするカップルの姿がある。

「色々いるなぁ」試水が感心していると「あれ、あれがいいんだ」と羽佐間が指さした。
 試水が椅子に座った人がいる。そのひとは統一した色で顔も服も塗られている。そしてひとつのポーズを取ったまま銅像のように動かない。
「動かないのか?」「これ本当に地味だけど俺のイチオシだ。これスタチュー(銅像芸)っていうんだぜ。いったいいつまで動かないんだろう。いつ見ても同じポーズ。でも銅像ではないんだよな」羽佐間は目の前の銅像パフォーマンスの芸人を見て嬉しそう。ところがしばらく眺めていた試水が突然奇妙な行動に入った。

「じっとしているだけなら、俺でもできるさ!」と口を緩ませながら言い出すと、試水は芸人のすぐ横に行き、そのまま立ち止まり静止した。
「おい、やめろ!」羽佐間は止めたが、試水は面白がって芸人の横で立ったまま。

 しかし5分もたたないうちに、試水の体が小刻みに動いているのが分かる。「うぁ、ダメもう」と声を出すと試水は動き出す。それを見てあきれる羽佐間。「だからいっただろう。動かないことって簡単なようで、どれだけ大変か。動いたパフォーマンスもいいけど、あえて動かないことのすごさ。一度朝から最後まで見ていたい気がするんだ。

 気がつくとふたりの周りに人が何人かの人影がある。どうやら試水がパフォーマンスの真似をし、それがあっけなく断念したことで、結果的にその芸人のすごさに気づいたようだ。みんな黙ってパフォーマンスを見ている。そして投げ銭をするものが現れた。
「なんか、俺が客寄せしたかな」試水は羽佐間の耳元で小さくつぶやく。「どうだろう、次行こうか」と羽佐間は頷きながら返事をするとふたりはその場を離れた。

 立ち去る際に試水は、芸人を見る。一瞬芸人の目が動いたような気がした。だがそれは本当に動いたのか、動いたように感じただけなのかわからない。「俺、サクラみたいになったな」少なくとも試水のおかしな行動がきっかけで、今日はいつもよりあの芸人の懐が温まったのでは?
 そんなことをひとりで考えながら羽佐間についていくのだった。

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