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霜月さんの思い出 第677話・11.30

「相変わらず好きだな。名前が名前だから仕方ないな」霜月秋夫は部屋から見えるモミジの木を眺めている妻・もみじを見てつぶやく。
「まあね。私にとってモミジは一生付き合う関係かもね」「でも、もう明日で12月だから俺たちの月は終わりだ」
「でもさ、これ12月もしばらく見れるんじゃないかしら」もみじは本当にモミジを見て飽きないらしい。耳では夫の話を聞いているが、視線は常に赤く染まったモミジにくぎ付けだ。

 ちなみにひとり娘の楓は部屋で寝ていた。そのようなこともあり、ふたりは独身で付き合いだしてから新婚の頃を思い出している。
「最初の出会いは違うが、初めてのデートは紅葉だったなあ」秋夫はふたりが出会った頃を思い出す。
「そうね。初めてのデートも紅葉、プロポーズのときも紅葉の前だったね」「そうそう俺も11月生まれだから、11月には不思議と縁があるだな」

 いつしか秋夫ももみじと一緒に紅葉を眺めている。

ーーーーーーー

「ねえ、霜月さん、鏡並べたら面白い!私子供のころからよくやってたの」「唐津さん、それって異空間ってやつかもな」
 もみじの旧姓は唐津。まだ付き合って間もないデートのときにふたりの意識がタイムトリップしていた。ここは紅葉の並木道が見えるストリート。

 もみじはいつも手鏡を持ち歩いている。あるお店の前にあった大きな鏡をみつけると、それに手鏡をかざして、子供のように鏡同士の反射を見て喜んでいる。
「でも鏡が同じ大きさじゃないから微妙だな」「うーん、もう、そんなこと言わないでよ!」モミジが不機嫌な表情になると、それを見て慌てる秋夫「そんな、唐津さん怒らないで」

 そんなことをやりながらふたりだけの世界に入っていたが、しばらくすると秋夫があるものを見つける。「唐津さん!ちょっと」「どうしたの?霜月さん」
「ここは、いいかも。ちょっと入っていい」「え、これって?」そこは酒屋であった。
「いいなあ」「え、霜月さんお酒が好きなの?」「え、ああ。もちろんそうなんだが、それ以上に好きなものがあるんだ」
 秋夫は、紅葉のことを忘れたかのように売り場のあるコーナーに吸い込まれていく。
「これだこれ」秋夫がみつけたものは、本みりん。
「みりん?そんなのスーパーでも」不思議そうなもみじ。しかし秋夫はみりんへのこだわりが強いようで、力を振り絞るかのように思いっきり首を横に振った。

「いや、唐津さん。みりんは侮れないよ」そういうと一本の本みりんを手に取る。「みりんは調味料だけど、元々は飲用だったんだ」「え!!」驚くもみじ、秋夫はそれを見ると嬉しくなり、さらに語りだす。
「スーパーで売っているものの中には、みりんのようで、少し違うみりん風調味料がある。俺はそれについては、断固として受け入れられないんだ」「は、はあ」
「行ってみればバターとマーガリンの違いのようなものかな。調味料は入っていないが、本みりんはしっかりアルコールが入っている。そのまま飲んでももいいが、カクテルにしてもおいしいんだ」
 秋夫は手にしたみりんのボトルを元に戻すと、その隣にある別の本みりんを手に取る。

 もみじは、急に得意げにうんちくを語る秋夫に一泡吹かせたくなった。そしていろいろと質問攻めをして、それに答えられるか試してみようと試みる。
「そしたら霜月さん、みりんはいつごろできたの?」
「ああ諸説あるが、俺が知っているのは戦国時代に中国の密淋(ミイリン)という甘い酒が伝来したというものかな。大体今の清酒が一般的になったのは江戸時代。その前はみりんが甘い高級酒だったそうだ。
「ならもし、戦国時代にみりんが日本に来たとして、それまでは調味料どうしてたの」「え、ああ、確か室町の頃までは、みりんだけでなく砂糖や今のような醤油も無かったと聞いたな。
「え!醤油もなかったの!」思わず大きな声を出すもみじ、店内にいたほかの客やスタッフの視線が一気にもみじと秋夫を襲う。

「唐津さん、声が大きい」「ご、ごめんなさい」体をすぼめるもみじ。
「素材を重視した料理を作っていたらしい。酢と塩と味噌で味付けをやっていたそうだからな」
「へえ!」ここでもみじは何かをひらめいた。「ねえ、霜月さん。今度私やってみようか」「え、何を」
「その、しょうゆとかみりん無しで料理作るの。話を聞いたらやってみたくなった。新鮮な野菜を使って酢とみそと塩だけの料理を霜月さんに食べてもらおうかなって」
 嬉しそうに小さく舌を出すもみじ。その表情を見ると秋夫も笑顔になり「唐津さんの手料理か。いいね、ぜひともお願いします」嬉しそうに頭を下げた秋夫。ようやく納得のいく本みりんを見つけると、そのまま店のレジに向かっていった。

ーーーーーーー

「ママ!おなかちゅいた!」ふたりを現実の世界に戻したのは、いつの間にか起き上がっていた娘の楓。「あ、楓ちゃん。おなかすいたの」「うん」
「よし、ご飯にしようか」「そ、そうね。もうできているから温めるだけ」
 そう言ってもみじは、ようやくモミジから視線を離し、立ち上がってキッチンに向かう。ところが途中で立ち止まった。
「ねえ、あと一品作るんだけど」「うん、どうした」
「ちょうどみりんが切れちゃったのね。だったら作っていい」「何を?」「塩と酢とみそだけ使った料理」

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