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窓は開けたままにしておいて  #月刊撚り糸 第745話・2.7

「窓は開けたままにしておいて」と、隣の席からの強めの声が聞こえた。列車に乗り、窓際の座席が空いていたので座る。そこで窓が開いていたからと、閉めようとしたときのこと。
 仕方なく列車の窓を閉めるのを断念した。「でも開けっ放しにして寒くないのですか?」その人に聞いてみると。「寒い?それは今の季節が冬だから当然ではないでしょうか」と感情の起伏のない口調で言い返された。「そ、それは」これ以上、隣の席の人に何も言えなかった。

 列車は冬の大地を駆け抜けていく。この列車はディーゼル車両のためか、バスのようなエンジン音が聞こえる。だが軽快に線路をか駆け抜けている間はあまり聞こえない。むしろ線路の継ぎ目に聞こえるガタゴト音の方がはっきりと聞こえていた。

 この日は休日なのか、ボックス席は埋まっていた。だから座席を変えようにも変われそうない。変わったら最後、立ち続ける必要があると判断。「今日は終点まで乗るから」と立つくらいなら寒いのを我慢した方が良いと決めた。

 ここは都会から遠く離れたローカル列車。この列車はいわゆる鈍行ではあるが、駅間がとにかく長い。その間ひたすら走り抜けるが、窓際の席に座っているために、窓からの風が激しく入ってくる。寒いのをこらえながら、たまに隣の席の人の表情を見た。静かに座っているが、両眼をしっかりと開け静かに前方を見ている。

「寒くないのかなぁ」心の中でつぶやきながら窓を見る。寒いのはつらいが窓から見える車窓の風景は魅力的だ。基本は山が見え、その手前はいわゆる田園地帯。とはいえ今は冬、田んぼと思われるところにも、刈り終わった後になっている田んぼが続く。それに走っている地域は雪国ではないから雪は全く積もっていない。そればかりか車窓越しに見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。

 ここで車内からアナウンスが聞こえたかと思うと列車の速度は急に遅くなる。それまで車内に入っていた強い風が緩んでくる。列車は駅に入り完全に停車した。ディーゼル車両のエンジン音の小刻みな音だけが聞こえる。ここで雲のない空に浮かぶ太陽からの光が窓越しから入ってきた。これは妙に暖かい。先ほどまでの強い風が収まったから余計にそう感じる。

 だがこんな天国のような思いは1分程度のこと。列車は再び動き出し駅を離れていく。すると再びあの冷たい風が再び窓の中に吹きつけていた。隣の席の人を見たが相変わらず表情が変わらない。しかし目は鋭いままでしっかり開いてているから、窓を閉めたくても閉められそうにないのだ。
「窓は開けたままにしておいて」と言われるような気がする。こうしてまた冷たい風に耐えながら車窓を見た。風景が少し変わっている。今度車窓から海が見えてきた。だが風はさらに強くなったようだ。海からきているのかこの風はやや湿っぽく潮の香りがした。「香り自体はいいけど、う、寒い!」

 何度も震えること5分間、再びアナウンスが聞こえて列車の速度が落ちる。いつの間にか海が遠くに離れ、町が見えてきた。「そうか、ここは大きな町だ」このとき隣の席の人がどうするか気になってしかたがない。「降りてくれ」と、心の中で叫んだ。その心の声が神に聞こえたのか、隣の席の人は立ち上がると、席の上の網棚に置いていた荷物を取る。やがて列車は駅のホームに入り込んだ。

 こうして隣の席の人はそのまま降りた。「やった!」早速窓に手をかけ降ろそうとした。すると先ほど降りた人がホームからこっちを鋭い視線で見る。そしてひとこと。「窓は開けたままにしておいて」と、はっきりと聞こえるようにつぶやき立ち去った。

「......」その言葉が、あまりにも強くインパクトがあるのか、耳から脳の中に焼き付いてしまう。結局、その声に縛られて手が動かない。窓を閉めることなく席に座ったまま。もうその人はいないのに、窓を閉めるということができない。するとなぜか無性に罪悪的なものを感じてしまった。

ーーーーーーー

 あれから3駅後、列車に乗ってきたひとりが隣の席に座った。隣の席の人が、目の前から窓を閉めようとしたが、このとき思わず無意識に口を開いた言葉。「窓は開けたままにしておいて」

 何故この言葉を突然吐いたのかわからない。本当は閉めてほしかったのに真逆的な言葉。それも先ほどの隣の人から2回語ったのと全く同じ言葉を吐いてしまったのだ。すると隣の席の人は何も言わずに窓を閉めるのをあきらめていたが、別の席が空いていることに気づいたのか、席を立ちそっちの方に向かった。

 こうして終点まで座席の窓は開いたまま過ごす。終点に到着して席を立つ。ずっと窓を開けて寒い思いをしたためか、駅に出ても寒くはない。でも今でもあの言葉が頭の中に焼き付く「窓は開けたままにしておいて」と。


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シリーズ 日々掌編短編小説 744/1000

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