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日本より米を多く食べる地域 第573話・8.18

「さて、今日の午後からは勉強会だ。秋の米特集に向けて、日本以外のコメについてもしっかり調べた。さて最終チェックをするか」
 ここはグルメ雑誌の編集部が入居しているビルの隣にある喫茶店。古参編集員の松沢は、午後から編集長に変わって部員とのミーティングを取り仕切るための準備をしていた。

 この時期は交代で夏休みを取っており、ちょうど編集長の茨城が夏休みの最中。3日後に戻ってくる予定だ。その間、代理とまではいかなくとも、編集部をまとめる役目を担っていた。そしてこのミーティングが一番の山場である。
「まず、日本はコメの国であることは間違いない。でもそれだけではつまらないから、東南アジアの国々の米文化のことにもふれないとダメなんだ」
 松沢は、喫茶店のランチセットを食べた後、セットについている食後のコーヒーをひとくち口につけると、ノートパソコンを取り出して確認する。

「えっと、はい、これこれ」さっそくパソコンに入っているデータを確認。すでに前の日までに資料はそろっていて、後は発表をするだけである。そして最終チェックを昼休みの間に行う。なぜならば昼休みが終わると、最初にこのミーティングが行われる手はずとなっていた。

 そもそもその秋に、この企画を持ち込んだのは松沢自身だ。彼は東南アジアによく旅行に行っている。元々はツーリストがいるようなリゾート地で、ゆっくり過ごすことが好きだった。だがいつしか町中の生活臭漂う、亜細亜の空間に身を置くことが好きになっている。そのため食についても、やたらと詳しいのだ。

「編集長、秋の企画として米特集はどうでしょう。昨今東南アジアのエスニック料理の店もますます増えてますので、そのあたりと秋の収穫を絡めまして」
 その提案に対して編集長の茨城は「うん、いいんじゃない。秋の収穫のタイミングで米に関する企画ね。そしたらこの数日の間に、君が主導で編集部員と企画についてまとめてくれ。だって君は東南アジアに精通しているからな。そこをうまくやってね。さて明日からこの茨城君は夏休み。さて何しちゃおうかな!」
 これは編集長の夏休みの前日に、話した内容だ。最後はやけにテンションが高い編集長をよそに、松沢は資料の作成に取り掛かる。
「昨夜遅く、いや今日の10時くらいまでかかった内容だ。しっかりせんとな」
 午後のミーティングでしっかりと企画内容を部員と話し合い、まとめたものを、夏休みから戻る編集長と最終的な確認を行う。そしてようやくこの企画がスタートする。今日の午後がこの企画が成功するかどうかにかかっているのだ。
 そして東南アジアの米のことや米料理のことについて、話そうと考えていた。


「まず世界のコメ生産量の多い国のランキング。1位の中国と2位のインド、まあこれは人口が桁違いに多いから当然として、その後だ、この中で4位のバングラディシュと、9位のパキスタンを除くとすべて東南アジアだ。多い順からインドネシア、ベトナム、タイ、ミャンマー、フィリピンそしてカンボジアか。それで日本はその次11位、中国の生産量の20分の1くらいか。まずこれで、日本だけが米の国と言うのは、間違っているという話ができるな」
 松沢は間違いがないか、順位と生産量の票をひとつひとつチェック。この時あろうことか少し緊張しているのが分かる。「ずっと編集長の下でのんびりやっていたから、これは仕方ないよな。でも慣れないとまずい」頭の中でつぶやくと大きく深呼吸した。

「次は料理について、日本では通常ご飯として食べるか、せいぜいビーフン。まあ煎餅のような加工品でも米は使うか」
 プレゼン資料を見ながら間違いがないかチェック。そしてこの資料を基に話す内容を、頭の中で何度も繰り返す。
「米も日本の米と違って、東南アジアは長粒米。日本だとジャスミンライスが主流で流通していると、あ、コレはこっちか」
 クリックしながら別のファイルを開ける松沢。参考資料も、ばっちり集まっていた。
「ベトナムの米麺フォーと生春巻き、えっとそれからタイは、クイッティオ、えっと焼きそばがあったな。そうパッタイだ。それとインドネシアとミャンマーはと。ああ忘れていけないのがこれ、ラオスあたりではよく食べる餅米の話。これも大事だ」
 
 松沢は、ついつい声が出始めていた。ぶつぶつ何かを語っているのを気味悪く感じたのか、左隣の席の若い女性が、不審そうな目で松沢を見る。だが当の本人は全く気付いていない。 
「そうそうインド系の話も、少しは触れないといけないな。バスマティのこともね」
 ついに右隣の席にいた中年女性が立ち上がった。実際は清算である。だが明らかに松沢を意識し、歩きながら一瞬視線を向けた。

 全く周囲を気にしていなかった松沢は、一通りチェックするとコーヒーを飲む。すでに冷めていたが、松沢は水を飲むように一気に飲み干した。そして時計を見る。
「さて、あと5分か、それでは行こう。このミーティングが無事終わって、編集長に報告したら、入れ替わりに僕が夏休みだ。そうしたら、さて何しようかなあ」

 この瞬間ばかりは、緊張よりも夏休みに向けて頭がいっぱいになる。かつてのように、東南アジアにサクッと行くとかできないが、松沢の頭の中には東南アジアの国々の地図が、はっきりと浮かんでいるのだった。

清世さんの絵

 こちらの絵は、下記の短期企画で応募したときに、清世さんより、私をイメージして描いてもらったものです。

 せっかくいただいた絵なので、その絵を元にまたしても創作してしまいました。

※清世さんへ、私らしい絵を描いていただきありがとうございました。


※なお、世界のコメの生産量についてはこちらを参考にしています。


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