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ブランコを揺らすわけ 第982話・10.3

「なるようになるかな」と、一瞬頭の中に浮かんだ女は、近くの公園にあるブランコを見つけると、座ってゆっくりと前後に揺らし始めた。
 女は無心にブランコを揺らす。子供がゆっくりと揺らすブランコと違い大人の揺らすブランコは真剣そのもの。どんどん上下に大きく揺れるようになっている。ブランコが揺れながら金属同士が接触するような音が定期的に聞こえた。
 おかげで相当上のほうまでブランコが揺れている。女は微動だにせず揺らし続けるのだ。

 女がなぜこうも真剣にブランコを揺らしていたのだろうか?それは女にとって昨夜のことを思い出すと急に不安になるからだ。
 それは昨日の夜の帰り道に起きた出来事。「もう消えて!」女は思い出すのも嫌だった。それまでは何の問題もなくいつもの道を歩いて帰る途中のこと。昨日のあの時だけはいつもと違う。その予兆は駅に到着したときにあった。駅で本当に説明のできない嫌な予感がしたのだ。だが予感がしたが路線バスなどは走っておらず、歩いて帰るしかない。
「気のせい気のせい」と思って、女は気にせずいつもの道を歩く。

 だがその道がいつもと比べてどうも様子が変だ。説明はできないがいつもより暗い気がした。だが外灯はいつも通りついていたし、道が見えないとかそんなことは無い。しいて言えばいつもよりも車の通行量が少なかったような気がする。

 家まであと5分くらいのところだろうか、突然後ろから靴の音が聞こえてくる。女はスニーカーを履いていたから自分の歩く音ではない。最初は特に気にしなかったが、車の通行量が少なかったためか、やけに音が気になる。
「誰かしら」女は立ち止まって振り返った。だが後ろには人が誰も歩いていない。「誰もいないか」そう思いまた歩き始めた。

 ところがそうするとまた足音が聞こえる。聞こえるのは良いがその音が少しずつ大きくなっているような気がした。「き、気味が悪い」女は足を動かすのを速める。実際あと5分以内に家に帰られる。それまでの我慢とばかりに足の速度を上げた。だが音はさらに大きくなる。
「え?」女は恐る恐る振り返った。だが何も見えない。女は耳をふさいで走り出す。その時だ、目の前に黒い影が左から右に通過したように見える。「え、何?」女は目を疑った。今度は後ろ、後ろから何かがすぐ近くで何かが過ぎ去った感覚を得る。それはかすかに風が吹いたから。
 女は「な、なに」恐怖のあまり立ち止まってしまった。目の前の影と後ろの殺気にも似た不思議な感覚。

 もういちど後ろを見る。だがやはり何もない。前を見ても何も見えないのだ。「か、帰ろう。それしかない。あれは幻覚よ」女は大きく深呼吸をすると、また歩き始めた。するとまた靴の音が聞こえ、目の前に黒い影が見える。今度は右から左に動いた。さらに後ろからの不気味な感覚、一瞬だけ風が吹く。
「い、いやあ、いやああ」女は最大限の恐怖を感じた。走るしかないとばかりに駆け出す。その際に目をつぶる。厳密には薄目を開けた。少しでも影が見えなければ恐れることは無い。だが、右から明らかに不思議な、生き物のようなものにぶつかった。女はそれを振り切るように走る。だがまたそのものが右から同じように感じた。

「な、なに」女は見たが何もない。「こわい、怖いわ」女は全身から震える。それが何なのかまだ何もわからないし、そのわからないものが襲ってきているとかではない。だが女はすでに何かに襲われているような錯覚をした。次は左に何か動いた感覚がある。「いや、いやあ」女は声に出さないが心の中で叫ぶ。また無心で走った。

「あ、いえ、家だ」女はようやく住んでいる集合住宅の入り口に到着。入り口でも相変わらず不思議な感触がある。このころから不気味な笑い声にも似た何かを感じた。女は完全に何らかの「恐怖」に支配されている。女は鳥肌だけでなく、全身から冷汗が流れた。目の前の建物内に逃げるように入る。

「収まった?」建物に入ったとき、それまでしつこく五感を襲う不気味な現象が全て収まった。それでもまた何かあるかもしれないと慎重にエレベーターに乗る。エレベータには誰もいない。エレベータを出た家の入口まであと5メートル。「何事もないように」
 女の願いは通じたのか何もない。家の入口にあるドアの前に来た。ドアを開けるときにも一瞬恐怖を感じる。「中に変なのがいなければ」慎重にドアを開けた。女はドアを開けると思わず大きく息を吐く。

 いつもと変わらぬ部屋の中。何も起こらない。だがあまりにも不気味な時間を味わった。この日は怖くて電気を消すことができない。さらにテレビをつけたまま眠った。

 女は恐怖のあまりほとんど眠れなかったかもしれない。いやそれは本人がそう思っているだけで実際には眠っていた。朝にはいつものように朝日が見える。夢には出てこなかったので、うなされることなく目覚めが良い。
「今日は休日ね」女の仕事は土日が忙しい。今日月曜日は休みなのだ。

ーーーーーー

 何もないのにあまりにも不思議な数分間、女は記憶から消したいとばかりに、服を着た後公園に向かいブランコを必死に揺らす。おそらく10分くらいそうしていたのだろう。「疲れた」と思った女は、ブランコを揺らせるのをやめる。あとは自動的にブランコがしばらく前後に動いたが、やがて静かに止まった。

「大丈夫、もうあんなことは無い。あっても何も起こらなかったわ」女はブランコを上下に揺らせながら、とにかく精神を集中できた。それが功を奏したのか、あの時のトラウマは記憶の中に封印できたようだ。


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シリーズ 日々掌編短編小説 982/1000

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