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暮したい未来のまち 第611話・9.25

「じいちゃん、入っていい」孫の大樹がノックすると、それまで横になっていた茂が突然座りなおした。「おう、大樹か。入っていいぞ」と、元気な声を出す。
 大樹が入ってくると、茂は嬉しそうな表情を見せる。「おう、大樹、今日はどうしたんじゃ」
 すると大樹は、やや複雑な表情をして茂の前に座った。「じいちゃん、今朝不思議な夢を見たんだ」「夢? ほう、どんな夢じゃ」

「たぶん、これじいちゃんの影響だと思うけど......」大樹は一旦座りなおすと、ゆっくりと話し始める。「僕の生まれる前、昭和の時代の夢を見たんだ」「ほう、昭和か、それワシはリアルに知っとるぞ」思わず口元を緩める茂。大樹は軽く頷く。
「そこは畳敷きのレトロな家だったんだ。それでテレビが画質の悪い白黒の画面が映っている。あんなの見てたら、絶対視力悪くなりそう。それに奥行きが大きなテレビだよ」「ブラウン管テレビか、なつかしいのう」
「それで突然電話が鳴ったから、取りに行こうとしたら真っ黒の電話機。それもボタンじゃなくて番号を回すのだって」

「ほう、それは多分ワシの話じゃなくて、先月の昭和博物館で見たものじゃないのか?」茂に言われて大樹は「はっ」とした。茂のいう通り、ふたりで近くにある昭和レトロの博物館を見に行ったからだ。
「そっちか、でもその後も変な夢で」「その後」
「顔は知らないけれど、なぜか親しい人なんだ。その人と話したことが、未来の話で」「ほう昭和から見た未来か。で、どんな話だ」
「テレビがカラーになって色がもっときれいになる。それから薄くなると言うのと、電話が持ち運びできるって。確かに全部当たってるとは思ったけど.......」大樹は思わず自分のスマホを見る。茂も見た。

「まあ、黒電話の時代からすると、確かに今は驚くほど進化している未来じゃな。町も昔と比べてずいぶん変わった。じいちゃんの若いときには、コンビニすらなかったからな。ハッハハハハ!」

「それいつも聞くけど、信じられないよ。コンビニがないと夜に買い物できないし」「昔はそれが当たり前じゃった。スーパーもショッピングセンターもなくて、個人の小さな店で買い物をしたな。夕方には閉まるから、何か欲しいものがあれば、次の日の朝まで我慢じゃ」
大樹は茂の話をいつも聞いているとはいえ、昭和の時代が本当に不便だったのではと感じている。
「夜に買い物ができない......。そんな時代に僕が生まれたら、ちゃんと生きていけたかどうか」

「そんなもん心配はいらんじゃろ。ワシの父親の時代まで行くと、戦争の話になるから、その話を聞いたら戦後の昭和も随分過ごしやすかったぞ。まあ余計な心配は全くいらん」茂は心配そうに、うつ向いている大樹を横ににこやかに笑う。

「そうじゃ」「え?」「過去の話をしても仕方があるまい。どうじゃ大樹、未来の話をしようかのう」「え、未来!」茂は大きく頷くと「お前の夢では、昭和の時代から未来の話をしたんじゃろ。だったら現実では令和からさらに未来の話をしてみようじゃないか。例えば『暮したい未来のまち』とか」

「未来にどんな町か、うーん」大樹は腕を組んで目をつぶり真剣に考えた。同様に茂も考える。ただ茂の視線は、部屋の窓の明かりを見つめていた。
「そうだ、じいちゃん、未来ってどのくらい未来?」「え、まあ1000年後とか言われても、訳がわからないから、数十年以内にしよう」
「わかった」大樹は再び考え始める。すでに茂は何かを思いついたらしく大樹が考え終わるのを待っていた。

「そうだ、こんな町がいいかも」2,3分後に大樹が何かを思いついたようだ。
「たとえば、やっぱりAIが活躍する世界かな」「ほう、人工知能というやつだな。で、どんな街になるんじゃ」大樹は頷きながら「えっと、だけど......あああ」ところが大樹はそのあとの言葉が出てこない。
「ダメだ、AIって考えたら、気分が落ち込むよ」「なんでじゃ」「だって、AIってものすごく頭良さそうだし、今、人がしている仕事が奪われるとか聞いたことがある。それってあまり発展したら僕の就職先がなくなりそうで」

 茂はあきれ返った表情。「大樹、相変わらずじゃな。すべての仕事がAIには、ならんじゃろ。だったら大樹が得意のトランペット演奏を活かすとか」
 大樹は慌てて首を横に振り「無理、あれはあくまで趣味の延長線だし、ちょこっとお小遣いが程度だって」
「そう言うものかのう。まあいい、じゃあわしが考えた未来の町をいうぞ」「うん、じいちゃんのら暮したい町って!」大樹の表情が明るく戻った。

「まず町の移動が楽なのが良いな。例えば隣町。あれ30年位前に駅裏の丘を切り開いてつくったんじゃが、あそこはどうかと思うぞ」

「え、でも駅にすごく近いのに」「近いが、あの坂を上り下りするのは大変じゃぞ。いくらバスはあると言っても」「それで?」
「例えば駅からバスなどなくても、即、エスカレータのようなもので簡単に上まで行けるようにする」

「それだけでなく、ここもそうじゃが、どこの道でも歩行が楽なのがいいな。陸橋だって階段は大変じゃ。エスカレータとまでは言わんが、せめて緩やかなスロープをどこにでもつけてほしいな。横断歩道も交通事故につながるからできるだけやめた方が良い」
「それわかる。でもじいちゃんみたいなお年寄りだったらいいけど、若い人が、あまり楽なのに慣れたら運動不足で」

「うん、そこでじゃ。あえて身体をガンガン使いたい人の道も置いておく。ジョギング専用のコースを張り巡らせるとか、サイクリングでもいいぞ。あとは階段の道も置いておくんじゃ。つまりその人の気分で、便利なほう辛いほうどちらを使っても良いと」
「そのときの気分か。仕事のときは楽で、休みの日は辛いのに挑戦!」「駅では、そうなっているが、町中全体がそうなってほしいな」

 茂の話は続く。「あとは、もっと緑を多いのがいいな。ビルをもっと緑に覆われてもいいと思うぞ」
「でも緑が多いと、虫が多くならないかなぁ」「それはそうじゃ、だったら相当目の細かい網戸を開発して家に張り付ければ解決するじゃろ。花粉なども防いでくれると、なおありがたい。流石にウイルスまではカットできんじゃろうな。ハハハハハ!」
 茂は持論をぶつけながら酔いしれるように笑った。ここで大樹は真顔に戻る。

「それから」「あ、じいちゃん。ごめん。約束があるのを忘れていた」そう言って立ち上がる大樹。「そうか、わかった。じゃあまたな」茂は一瞬寂しそうな表情になったが、すぐににこやかに戻る。
 大樹はそのまま部屋を出た。でもこれは本当は嘘。大樹は茂が一旦ひとつの話題にハマると、話がとてつもなく長くなることを知っていたからだった。


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